February's Love

 あと1ヶ月足らずで高校生活が終わる。

 俺は、今日中に前へと進みたかった。


 まだ春には程遠い、長閑のどかな港町。

 海岸線を自転車で走る。


 耳をかすめる冷たい風。

 冷える身体を温めるかのように全力でペダルを漕いだ。


 朝早くから漁に出ていたらしい、帰港の途に就く数隻の漁船たちを横目に見遣みやる。

 ここから渡船場へはあと少し。


 6時45分--。

 東の空がうっすらと茜色に染まりはじめている。

 渡船場に到着すると、すぐに待合室の「君」の存在を確認する。これが毎朝のルーティン。


「君」を見掛けるようになって2年が経つ。しかし、未だに「君」の名も知らないまま。


 分かっていることは隣の高校の生徒だということだけ。


 60人ほどが乗れるだけの小さな渡船。

 毎日顔を合わすのに、「君」のことは一切知らない。


 対岸までは15分。

 もっと時間があったなら声を掛けるのに、と根拠の無い言い訳ばかりが胸を突く。


 この船に乗るのもあと少し。

 そして「君」との時間も残りわずか。


 せめて、「君」の声だけでも知っておきたかった。そんな小さな希望さえも叶えられないまま、残された時間の少なさに焦りを覚える。


 明後日は14日。

 一年間で一番、思春期男子がそわそわする一日。


「君」は誰にを渡すのだろう。

 そんな風に考えただけで切なくなる。


 今日も「君」に話しかけられなかった。


 対岸の渡船場で船を降り、長い坂道を登る。

 気持ちは落胆したままだったが、足早に登った。


 小高い丘の上にある校門前から見下ろすと、眼前に広がる水面には、黄金色の光の粒が散りばめられている。


 この景色とも、もう少しでお別れだ。


 その日の放課後、後輩から義理チョコを貰った。


 そうか。今日は金曜日。明日と明後日は休みだったんだな。


「君」も今頃、誰かに渡しているのか。

 そう考えると虚しくなった。


 日が傾き始めた坂道を下る。

 太陽は西の空に追いやられ、眼下に広がる藍とオレンジのグラデーション。


 この景色とも、もう少しでお別れだ。


 風をまとい、冷えこむ甲板から薄暗い空を見上げる。

 澄んだ空には数多あまたの星が輝いていていた。


 星が照らす水面には、船の後方から伸びる白い航跡波こうせきは

「君」への思いを引きずる誰かさんのようだ。


 渡船場のベンチに「君」がいる。

 帰りに見掛けるのは初めてだった。


 誰かを待っているのか、「君」はうつむき左腕の時計に見入る。


 俺は「君」を見ないように前を通り越す。


「--あの」


 柔らかな声に迎えられ、視線が「君」へと導かれる。


「あの、コレ--。」

 初めて聞いたその声と、初めて受け取った暖かな


 俺は「君」のことを、初めて


 それから10年---。

「君」の新しい顔を知る。

 俺たち二人の大切な

「君」は母になり、俺は父になる。


 それから25年---。

「君」の夢を知る。

 俺たち二人の大切な

 彼女の門出を見送った後の、二人きりの新しい夢を。


 それから20年---。

「君」の本当の心を知る。

 俺の旅立ちを見送る「君」。

「君」は泣きながらも微笑み囁く。





「---ずっと、愛していました」と。




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