第7話 顔だよ、顔。


 自宅アパートの寝室。


 4限までの講義を終えた俺は、夕飯を済ませてくつろいでいた。


 夕飯といっても、スーパーのタイムセールされてた惣菜がメインではあるが、そんなことよりも安らぎの時間を得られると言うことが俺にとっては大きい。

 

 昨日は青山に付き合わされ、今日も青山の厄介ごとに巻き込まれた。


 だからだろうか。1人の時間がすごく静かで貴重に感じられる。


 ……が、


「きたか……」

 

 ベットの上で震えるスマホを手に取ると、画面には残念女(ビッチ)と表示されていた。


「もしもし」


『もしもし倉本くん……どうしよう……私、どうしたらいいの……っ!!』


「……」


 画面越しからでも、こいつがどんな顔してんのか分かるな。


 スピーカーをオンにして、唐辛子せんべいを片手に話を聞くことにする。

 これがうまいんだ。凸凹してるやつが特に味が染み込んでいてうまい。


「もう告白しちゃえよ。私は恋愛経験ありません、って」


『無理だよぉぉ……及川さんのあんな顔見たら、そんなこと言えないよぉぉ』


「……まぁ、そうだよな」


 だからこそ、及川と別れた後に俺と連絡先を交換してまで、こうして電話の約束を取り付けてきたんだろう。


『しかも、なんかすごいめんどくさそうじゃない!? 好きな男の子が極度の人見知りで、話しかけたら即嫌われる、って!!』


 めんどくさいとか言ってんぞこの女。おだてられて断れなくなってたくせに。


 ……まぁでも、確かに及川の相談とやらはめんどくさそうではある。

 あれだけお淑やかで綺麗な人が、恋愛のことで悩んでいるというのだから、当然と言えば当然か。


 青山の言う通り、及川の好きだと言う男は、極度の人見知りらしい。

 顔は整っているらしく、女から声をかけられることも多いそうだが、全てあしらっているそうだ。それも、かなり冷たい対応らしい。

 そのため、及川は近づくに近づけないまま、時間だけが流れていったそうだ。


「なんでそんな奴、好きになるんだろうな」


『顔だよ、顔。やっぱりみんな、かっこいい人には目がないんだよ』


「……お前もそうなのか?」


 人ごとのように口にする青山を疑問に思って、聞いてみる。


 すると、一際明るい声が返ってきた。


『私は倉本くん、性格は悪くないと思うよ! 私のこと手伝ってくれるし、たぶん大丈夫だよ!! 良い人見つかるよ!!』


「慰めろって言ったんじゃねぇよ……!!」

 

『あはは、うそうそ。かっこいいと思うよ? カケルくん程じゃないけどねっ!』


 カケル君……か。


「……お前、まだ引きずってんのか?」


『うーん……まぁ、そりゃあね。何回フラれても、慣れるものじゃないよ』


「……そうか」


 表面上は明るく振る舞っていても、心の傷は簡単には癒えない。


『……でも、今回はいつもより心が軽いかな』


「ん? そうなのか?」


『うん。今までは1人で悩んでたけど……今回は、倉本くんがいてくれたから』


 なんだ……やけに素直だな。こいつもこんなこと言うんだな。


『倉本くんに全部話したら、ちょっと楽になったんだ。……他の人に話すと、嫌味に聞こえることもあるから』


 そんな青山の言葉を、俺は黙って聞いている。


 美人ゆえの苦労、か。失恋直後に友達に相談したところで、モテる青山が言うなら嫌味に聞こえるかもしれない。というか、まともに相手してもらえないんじゃないだろうか。

 そう言う経緯もあって、青山は1人で悩んでいた時期が長かったんだろう。


『……だから、倉本くんにはこれでもかなり感謝してるんだ。……本当に、ありがとう。倉本くん』


 青山の言葉からは、切実な思いが感じ取れた。いつもの、人をおちょくるような空気感は全くない。


「……俺は、ただの野次馬だ。お前の残念な悩みくらい、感謝なしでも聞いてやるよ」


 青山の苦悩を感じ取って、そんな言葉を投げかけたつもりだったが––––


『倉本くん……! 嬉しいよ……早速だけど、私の悩み……聞いてくれるかな……?』


「あぁ、いいよ。まだ夜9時だしな。ちょっとくらいなら––––」


『……及川さんの件、どうしたらいいですか』


「…………」


 ……あぁ、そこに繋がるのか。忘れてた。青山は……この女はこうゆう奴だったよな……!!


 その後、作戦会議は夜中の11時過ぎまで続いた。

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