第四十話 魔王ヴァネール




”魔王ヴァネール”


 頭部からは二本の捻れた羊の角を生やし、筋骨隆々の身体からは太く鋭い尾が伸びている。

 全身を黒衣に包み、禍々しい魔力の靄が全身から絶えず辺りを覆う。


 魔王と聞けば、おおよそ誰もが頭に浮かべるだろう姿は、十年前と姿こそ変わらない。

 しかし、真の復活を果たした魔王は、かつてと比べものにならないほどの圧を発していた。

 

「――久しぶりだな勇者。いや、ここは初めましてと言った方が適切かな?」

「……おいおい、魔王が影武者って慎重が過ぎるんじゃないか?」


 冷や汗を誤魔化すように、軽口を返す。


「フフフ、勝つために手段を選ばないのは人の特権ではない、ということさ」


 マジか、もう魔力が残ってないぞ。

 ただでさえ、こっちはアトレイアからの不可視の魔術(俺限定)に防御のリソース割らされているんだ。


 どうやって戦う?

 アトレイアとモカロネは味方…だよな。


 ライアンは?

 あのちっこい悪魔が魔王だと知っていたのか?

 もはや、誰が味方で誰が敵なのか。


――しかし、混乱する俺を置いて状況は加速する。


「シッ」

「ほう……」


 急展開に固まる俺達三人を除き、唯一魔王に接近を試みる者がいた。

 ライアンだ。

 何も持たず最速で魔王に近づいたライアンは、力をため込むように振りかぶる。

 ひねった腰を力に変える直前、その手に召喚された槍が握られた。


 不意打ちかつ、先ほどとは段違いに速い突きが魔王を襲う……が、魔王の表情に焦りはない。

 鋭く突き出された槍の側面に手を当て、事もなげに受け流した。


「ありがとうライアン――復活できたのは君のおかげだ」

「……ッ!まあいいさ」


(大丈夫だ、何も変わっていない。勇者を戦闘不能にさせ、復活した魔王を僕が倒す。魔王の中身が変わっただけのこと。利用されていたというのなら、その借りを返せば良いだけじゃないか…ッ!)


「僕の目的は変わらない!魔王を倒し、勇者になるのはこの僕だッ!」


 そう宣言したライアンは、一人で魔王と戦闘を開始した。

 なるほど、あいつの目的は簡単に言えば俺の立場になることだったわけだ。

 そうであれば、魔王討伐という点で俺たちは共通している。

 ここは、恨みや憤りを置いて戦わなければならない。


 俺は、有り金をはたいて購入したポーションで魔力を回復して加勢しようとするが。


「平民っ、手出し無用だ!邪魔立てするならお前から殺す!」


 魔力の高まりで俺を感知したのか、ライアンは見向きもせずに吠えた。


「いやいや、そんなこと言っている場合じゃない……うおっ」


 あいつノールックで魔術の矢を飛ばしてきやがった。


「やれやれ」


 これ以上は、魔王の有利にしかならない。

 仕方ないので状況を整理する。


 まず、俺。

 十年後に発覚した衝撃の事実、あれが偽の魔王だったことに一番ショックを受けている。


 次に、ライアン。

 あいつは、魔王を復活させた上で自分が魔王を倒し真の勇者になろうとした。

 俺の命を奪おうとしたのは、偽だったとは言え魔王討伐の肩書きを持っているのが邪魔だったからだろう。

 もしかしたら、俺を殺めることで聖刻が移るのを期待したのかもしれない。

 まあ、そうだとしてもライアンに当たる可能性なんてゼロに近いが。


 そして、魔王。

 あいつは、下級悪魔のふりをしてライアンを唆し、自身を復活させようとした。

 当然、勇者である俺の命はない方が良かった。

 だからこそ、ライアンと目的が一致したのだ。

 一方、アトレイアのブレスレットを欲しがったのは未だ謎だ。


 アトレイアは、魔王の魔術で姿が俺のライアンに傷つけられ、勘違いで俺と敵対していた。

 全く迷惑な話だが、ひとまず俺が嫌われた原因を作ったわけではないことに安堵したい。


 最後に、自分だけ同窓会からハブられたと思い込んだ聖女アンポンタンには言いたいことがあるが、現状魔王討伐において一番有力だ。


 そうこうしているうちにも、魔王とライアンの戦闘は熾烈を極めた。

 魔王の放つ凶悪な魔術を紙一重で避けながら、お返しとばかりに槍を突くライアン。


「ふむ、勇者に手伝ってもらわなくて良いのか?」

「うるさいっ!これは僕の物語だ、僕が勇者なんだッ!」

「はあぁ、気付かないというのも酷な話かね」

「お前こそ、かつてが僕の全盛期だと思うなよッ!」


 ライアンの猛攻は止まらない。


「良かろう、ここまでの褒美だよ?教えてあげよう」


 突然、魔王は避けるのを止め棒立ちとなった。


「シッ!」


 ライアンは槍を魔王に突き刺す。が。魔王の瞳は、依然として光を保っていた。


「なッ!?」

「――おおかた、君は復活した私を倒せば勇者になれるとでも思っているのだろう?」

「ッ!?」


(なぜ、死なない!?)


「――違うんだよ、ライアン。あの時言ったことは嘘さ」


 魔王はライアンに見せつけるよう、槍をゆっくり引き抜く。


「な……に」

「君が魔王だと思った者は、身体こそ私だが中身は部下。当然、傷もつけられる」

「ッ!?」

「だがね、本物となれば話は変わる――勇者ではない、魔王を倒せるんだ」

「……」

「そして、勇者に選ばれたのは全盛期を過ぎたそこのセオドアだけ――残念だったね」


 ライアンを思いっきりぶん殴る。

 吹き飛ばされたライアンは視界から消える。


「ぐぁッ!?」


 見事なまでライアンの頬にクリーンヒットしたが、あの程度で死ぬ奴じゃない。

 まだ人類の味方ならそのうち加勢するだろう。


「アトリー!モカ!」


「えっ」「は、はい!」


 俺は、2人に呼びかけ正気に戻し、魔力を自身の体に巡らせる。

 勇者化の対価がアトレイアでない以上、俺も全力を出せる。

 ポーションはもうない。

 あれ高すぎるからな。

 あれ一本で、十日は過ごせる値段だ。

 つまり、短期決戦。やるしかない!



《勇者化――全身》



「これが本当の魔王討伐だ、気張っていくぞ!」

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