第三十九話 聖女モカロネ




「……モカロネ」


 純白の修道服を身に纏ったモカロネは、朗らかな笑みで俺を守るように立った。


「皆さんお久しぶりですね」


 相変わらず、周りとの温度差など気にもしない聖女ケーワイっぷりだ。


「モカ?どうしてここに……」

「聖女……モカロネ」


 アトレイアだけでなく、ライアンも驚愕に満ちている。

 あいつが呼んだわけでもないらしい。


「いやですね、三人だけで同窓会なんて……しゅんです……」


 ほんとこいつ他人の話なんて聞きやしねえな。


「そんなことより、おい、モカロネ……どうしてここに来られたっ!」

「そうなんですっ、私普段は皆さんに会いに行ってはいけないと言われているのですが…今日は三人が集まっているじゃないですかぁ、仲間はずれなんて嫌ですもん」

『こいつは……』


 珍しく、ガスパールも困惑しているようだ。


「違うッ!どうしてここが分かったかを聞いているんだッ!」

「テレポートです――私、直した相手の魔力残滓追えるので……」

「「「え……」」」


 初耳なんだが。


『すげーやつじゃん』

「……じゃあ今まで何してたんだ?」


来ていたんなら助けに来て欲しかった……


「見ていたのですが、セオがこれ以上続けると死にそうなので介入しちゃいました――勇者ごっこもほどほどにしないとですよ」

「……」

『やべーやつじゃんッ!』


そうだった、こいつ友達で来たことないからかなり空気が読めないんだ……


 しかし、モカロネの登場で場が和まり掛けたその時。

 ライアンがこちらに向かって槍を投げた。


「あれッ!?」


モカロネは本当に襲われているとは思っていなかったから反応できない。


 俺は、モカロネを突き飛ばし、なけなしの魔力を纏い剣を構えた。

 右膝の痛みが来る刹那、重い衝撃とともに後ろに吹っ飛ばされる。


「ライアン!どうして!?」


 アトレイアがライアンを糾弾する。

 だが、ライアンはニヤリと笑い結晶の方を向く。



「――ご苦労だ、ライアン」


 同時に、魔王が封印されている結晶から声がした。

 声のした方へ、ライアンを除く全員が振り向く。

 すると、手のひらほどしかない悪魔がせせら笑うようにこちらを見ていた。


「上から物を言うなと言いたいところだが……ブレスレットは確保したのか?ヴァネール」


 ライアンが、顔見知りのように話しかける。

 あいつが真の黒幕が?

 ようやく立ち上がった俺は、悪魔を注視してみるがあいにく心当たりはない。


「ああ、これで目的を果たせる」


 悪魔の手には、見覚えのあるブレスレットが握られていた。


「それは…ッ!?」


 アトレイアはポケットを探るが見当たらないようだ。

 いつの間に盗まれたんだ…?


「魔族……!」


 あれは、モカロネの言ったとおり魔族……残党か?


「自己紹介しよう――私は幻惑の悪魔ヴァネール。魔王様を復活すべくそこのライアンと協力していた者だ」

「ライアン……あなた、裏切ったの……!」

「僕は僕さアトリー、何も変わっていない――あれは、そう、魔王を倒した後のことだ」


 ライアンが、流れるように回想を語った。



※※※※※※※※※※※※※※※



 僕は、国中から祝福を受ける平民のお前が許せなかった。

 なぜなら、伝承なんて嘘だったからだ。

 勇者じゃなくたって、魔王に傷をつけることは出来た。

 あいつに一番ダメージを与えたのは、この僕だ!

 だが、皆はそれを信じなかった。


 そんなときだった。


『私に協力してくれれば、あの勇者を楽に排除できるぞ』


 ヴァネールが近づいてきたのは。


 ヴァネールは幻惑魔術が使えた。

 こいつを使って、お前から全てを奪おうと思った。

 まずは、アトレイアだ。

 お前が不遜にも好意を抱いている女。


 お前のふりをしてアトレイアに近づき、嫌われてやろうと考えた。

 それに、ヴァネールが言うにはアトリー、君のブレスレットが必要らしくてね。

 お互いに目的は一致していた。

 あいつは、幻惑の魔術を使って僕を勇者に見えるようにした。

 屈辱的だったが、その後を考えれば耐えられたさ。


 そして、あの夜。アトリー、君を抱きしめた。

 そのままキスしようとしたら君は嫌がった!

 姿は違うとしても、振り払われたら癪に障るだろう?

 だから、傷つけてやったのだ。


 ヴァネールはブレスレットが手に入らないと癇癪を起こしていたが、僕は嫌われるためにお前になったんだからこれも計画通り。

 ブレスレットなど、これから先いつでも手に入れられる。

 王室でわざと見つかり、さらにお前の痕跡を残した。

 貴族至上主義の連中をたきつけて、お前を犯人に仕立て上げた。

 裁判を使い、お前を王国から追い出した。


 それだけじゃないぜ?

 お前が追い出された後もあらゆる方法でお前を追跡し、這い上がって来れないようにさせたんだ。

 闇ギルドに手を回し、監視をつけさせうだつの上がらない人生に演出した。

 ダンジョンにも向かわせた。


 全てはそう、お前から全てを奪うため……!



※※※※※※※※※※※※※※※



「そう……だったのか」

 

 今までの不可解な点が理解できた。

 ライアンは、アトレイアに向き直り言う。


「今日だってそうさ、君のブレスレットが欲しかった。それと――魔王本体。だから魔王城に呼んだ」

「……」


 アトレイアは下を向いて、何も言わない。

 こりゃ相当キレてるぞ。


「セオドア、お前についてはヴァネールのご指名だ。どうしても、君を殺したいんだとか」


 こちらとしても、魔王の残党など取り逃がしてはいけない相手だ。

 しかし、もう魔力が……


「君は想定外だがね、モカロネ」

「?」


 唯一、モカロネはこの壮大な種明かしが何一つ分かっていないようだ。

 彼女の立場からして、それは当然なのだが。


「さあ、ヴァネール――おっと、何もしないでいただこう、モカロネ」

「むっ」


 密かに後ろ手で魔法陣を描いていたモカロネだったが、目敏いライアンに見つかってしまう。


「あまり、ペラペラと計画を語って欲しくはないのだがね……ふっ、まあいいさ。私は、復活させられればそれでいいんだ」


 ヴァネールは、そう言って結晶に触れる。

 結晶は光って、ヒビが入った。


「ああ……これでやっとッ!」

「?」


 皆が固唾を飲み込む中、一人ライアンだけが首を傾げていた。


(おかしい……あのブレスレットを使うのではないのか?まあいい。いずれにせよ、復活するならむしろ好都合だ。これで魔王を倒せば、僕が真の勇者だ。あそこにいるあいつは紛い物に成り下がる。しかも、魔力が尽きているときた。邪魔されることはない。誤魔化す方法などいくらでもある……)



まずい、復活する……ッ!


 水晶全体にヒビが走り、ついに壊れた。

 俺は、最悪のタイミングで魔王の復活を許してしまった。


 まばゆい光と共に魔王が目を開ける。だが……



「……」


 魔王は何も話さない。


「まさか……死んでいるのか?」

「お、おいっ」


 戸惑うライアンを余所に、立ったままの魔王に対してヴァネールが言う。


「待ちわびたぞ――


は?今なんて?


 ヴァネールは、復活した身体に入り込み。


「あぁ――これでやっと復活できた」


 邪悪な笑みと共に言った。

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