第2話 影
鳥が人語を話している。しかも、気だるげでいやに人間臭い。
彼が肩に止まると、シバの険しかった表情がようやく緩んだ。
「あぁ、最近あの政治家さんの元に物騒な手紙が届くらしいですよ。殺してやるとか、誘拐してやるとか」
「はぁん?」
「だから急遽遅い時間に変更して、うち以外に民間の警備会社雇って固めてるって状態です」
「へへっ、アイツ敵多いもんなぁ。自業自得だぜ」
鳥が嘲笑する。
「知り合い?」
シバが群衆の中に不審な動きがないか再び注視しながら返事をする。
「お、バレちゃあしょうがない。あれはお前が二課に配属される前の話だ」
是非とも話したかったというように鳥が嘴を開く。
「俺、一回アレのSPやらされたことあんだが、まぁー偉そうでよぉ。肩揉めだ、コーヒー淹れろだ、挙句は子供のオモチャになれだぁ?ムカついたから、終わり際にしこたまつついてやったわ」
「子供をですか⁉」
「そこまで人でなしじゃねぇよ。そもそも人じゃねぇけど」
「だからと言って警護対象を傷つけるのもダメです。そんなことするから警察は庶民の敵って言われるんですよ」
「へっ、正しい評価だろ。このご時世に警察になろうなんて奴は、元札付きのワルか余程変な奴だけだ。俺様を見ろ」
「確かに変ですけど……」
「ワルの方だよ!」
「痛い、突かないで!」
彼はシバを嘴で気の済むまで虐めると、冷めたように舌打ちした。
「つーことで、俺はむしろ有事の方がウェルカムなワケ。少なくとも、もう二度と一緒に仕事したくないね。これ二度目だけど」
それを合図にしたかのように、会場の照明がすべて落ちた――
完全な暗闇にどよめく場内。
「うぉ。誰かの誕生日か?」
肩の鳥が呑気に驚く。
が、シバの察知は早かった。
「今、誰か入ってきました!」
「あぁ?マジ?」
「多分!本職行きます!」
「おいバカ!ちょっと待て!」
シバは、鳥の制止も聞かず、全速力で壇上に向かって駆け出した。あまりの速さに鳥が肩から離れる。
シバと壇上のリュウレンの間には、暗闇に紛れた客が道を塞いでいた。
「すいません!ちょっと、通してください!すいません!」
大声で呼びかけるが、動揺する大衆には通用しない。
声を上げ、肉の壁を押し退け、テーブルや椅子に何度もぶつかりながらも、シバは猛進する。
他の警備員たちが動いているのかもわからない。
とにかく近くへと突き進むと、突然群衆から抜け、空間にまろび出た。
会場の最前にたどり着いたはずだ。
どこだ……?
一向に明かりはつかず、頼りになるのは視覚以外の感覚だけ。
じっと耳を澄ます。集中する……
すると、人々の騒ぎに紛れ、女性の今にも泣きそうな声が壇上から届いた。
「先生!お返事ください!先生!」
やられた。
ほとんど野生の勘だったが、シバは確信した。
会場のパニックは先輩がきっと収めてくれる。自分は犯人の確保優先。
まだ近くにいるはずだ。どこかにいるはずだ。
おかしな音はしないか。おかしな様子はないか……。
神経を研ぎ澄ませると、右手側から、口を塞がれているようなくぐもった音が、まるで光ったかのようにハッキリと耳に飛び込んできた。
唸ったのは、間違いない、リオ・リュウレンだ。
目をやると、光もなく混乱状態の会場をやけに軽快に去っていく影が視界に入った。
「待て!」
叫んで追いかけると、影も同時に走り出す。
が、シバの方が圧倒的に早い。
もう三歩で手が届く。もう二歩。一歩……、掴んだ!
そのとき――転がっていた椅子にシバは足を絡め取られた。
「うわっ!」
最高速で駆けたシバの体は宙に浮く。そして、影をその手に抑えたまま、顎を強かに打ち付けた。
「ぐッ――!」
闇の中を星が飛び回る。
視界が揺らぎ、落ちていく。
薄れていく意識の中。
シバの下敷きになった黒い影が、彼を押し退けて立ち、なにかに向かって声を発した。
『……いえ、少し打っただけ。問題ありません。ニコラ』
――――――――――――――――――――
次話、イカれた刑事たちを紹介します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます