サウンドハウンド 〜空飛ぶホテルと政治家誘拐事件、または犬の耳を持つ天空の乙女〜
伊矢祖レナ
第1章 天空
第1話 空飛ぶホテルの大宴会場
『ホテル・アクィラ』は今日も夜空を航空する――
白亜の壁面が夜闇に映え、眼下に広がる地上の文明に、月の光を照り返している。
一般的な高層ホテルを、空飛ぶ鉱石『天空石』の上に味気なく乗せただけのデザインは、あらゆる物体が空を飛ぶ現代では、古臭さが否めない。
しかし、およそ五十年前には、つまり、富裕層がこぞって空に住み始めるその最初期には、この飛行する建造物は世界の注目と憧れを集める最高級施設だった。
地上で生活するのが当たり前だった当時の人類にとって、アクィラの謳い文句はあまりに強烈で斬新だった。
――地上のどんなビルよりも遥かに高く、何物にも遮られない無限の視界
――上空から世界を物色し、気に入った街に気ままに降り立つ自由。
――雨雲がかかれば高度を上げ、常に快晴を提供する。
――地上の喧騒から離れた、極上の天空体験。
が、現代でそれを宣伝文句にしていては笑い物だ。
高度数百メートル以上が経済の主戦場となり、地上という概念自体が型落ちとなった今、かつて自由の象徴だったこの空は、人類史上かつてないほど苛烈な競争社会となっていた。
かつて空の王者であったホテル・アクィラも、施策をいくつも打ち出し、生き残りを図っている。
VIP専用サービスの創設、周辺施設との連動イベント、ブランド強化施策など……
今日もホテル・アクィラの豪奢な大宴会場には、富裕層が多数集まっていた。
ニュースや映画で見るような顔が至る所に見受けられ、要所には警備のための人員が配備されている。
壇上には、「リオ君を励ます会」という横断幕が掲げられ、その下には、オールバックで固めた髪と、攻撃的なグレーのスーツに身を包んだ五十代ほどの男がニヒルに笑っていた。
ロカナ国上院議員の政治家、リオ・リュウレンだ。
つまり、この会場の本日夜の利用者は、政治家というよりは古いタイプの金融マンといった風貌の彼であり、参集した客はすべて彼の支援者というわけだ。
伝統的なパーティ会場としての地位を固めんとするホテル・アクィラでは、このような金持ちたちの催しは日常茶飯事だった。
注目を浴びる壇上とは対照的に、警察組織の制服を着た一人の男、カルネ・シバは、会場最最後方で背筋を伸ばし、ただ職務の遂行のため、警戒のアンテナを張っていた。
誰にも気にされず、感謝もされない中、集中を切らさない……
他者から見ればこの場に親の仇でもいるのかというほど血眼になって会場を見渡すシバの肩に、この会場に場違いなほどの大きな鳥が突然舞い降りて止まった。
体は黒、首元だけが白く、立派な嘴はオレンジ色。
南国原産のその怪鳥は大きな嘴をおもむろに開いた。
「で、どうしてこんな厚い警護が必要なんだ?アイツ、大統領でもあるまいに」
――――――――――――――――――――
次話、鳥が喋ります。
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