第34話 刑事魂
三人は慌てて丘を降り、車の元へと駆け寄った。
運転手は、悲鳴を上げながら鳥たちを追い払おうとしていたが、反撃にあって生傷だらけだった。
「わっわっ!この鳥たち、ボンネットの中でコードを噛みちぎろうとしてます!」
「やめろクソども!俺らの唯一の移動手段なんだぞ!」
「ちょ、痛いっ!この鳥たち攻撃してくる!」
三人も加勢するが、いくら引っぺがしても鳥たちは次から次へやってきて損害を与えようとする。
健闘も虚しく、鳥がすべて帰った頃には、車も人間も酷い有様だった。
「あちゃあ、壊れちゃった?」
ぜえぜえと肩で息をする四人の後ろで、いつの間にか丘を降りてきたマヤがニヤニヤと笑っていた。
「足がなきゃ、ここから移動するのは大変だねぇ」
「まさか、あなたのせいですか⁉任同が嫌だから!」
シバが座り込んだまま糾弾する。
「バカ、そんなちゃちな話じゃねぇよ。こいつはただの囮だ」
車の上で休んでいたパジーが悔しげに舌打ちした。
すると、マヤは初めて残忍な笑みを浮かべた。
「囮って、どういうことですか……?」
「こいつ……いや、こいつらの作戦は、このド田舎に俺らを誘導して、身動き取れなくすることだったってことだよ。人質は、他の奴の管理下にいるはずだ。協力者か、共犯か、黒幕かは知らんが」
「何の話だか」
マヤが嘯く。
「恐らく、こいつが昨日センターパークに来やがったのは、俺らの意識を自分に向かわせるためだったんだろうよ。おかげで、俺らはまんまとこいつの元にやってきちまった」
「でも、囮だったらこの人は捕まっちゃうじゃないですか。見捨てられたってことですか?」
パジーは、ニヤニヤとした笑みを崩さないマヤを睨んで言った。
「さぁな。いやに従順なとこを見ると、よっぽど捕まらねぇ自信があんのか、またはムショに入ってもすぐ出してもらえる約束なのか……。小物臭が凄いのは、そりゃフェイクか?何者だお前」
「ピーピーピー。ただのホテルマンだよ。さて、任同はどうする?今日はやめとく?」
「あ、マヤさん飛べるんだから本職たちを署まで送ってくれません?」
「どうして俺がそんなことしないといけないんだよ……」
マヤが呆れて呟いたその言葉を、パジーは聞き逃さなかった。
「お、やっぱ飛べはするんだな。シバ、背中調べさせてもらえ」
「はい!身体検査、失礼します!」
「しまった……!」
シバが瞬く間にマヤの服を捲ると、背中から銀色の翼が花開くように広がる。
なんの配慮もないシバにやんやと文句をつけるマヤを眺めながら、パジーが翼を組んで首を傾げた。
「こいつ、やっぱりただの天然なのか?」
「……なら、付け入る隙はあるかもね」
「あ?」
ナイラはパジーに何事か耳打ちする。
途端、パジーのつぶらな瞳がギラリと光った。
◇
しばらくの騒ぎの後、シバがマヤの羽を証拠品として押さえたのを見て、パジーが言葉をかけた。
「終わったか、シバ。なら行くぞ」
「え、行くんですか⁉でもまだ何も……」
「無駄だ。今のこいつは捕まえられねぇ。事前にいくつも手が打ってある。立派なもんだよ」
パジーは悔しげに顔を歪める。マヤはニヤニヤ笑いを取り戻した。
「俺らがまず優先すべきは、人質の保護だ。ここで時間を潰してたら相手の思う壺だ」
「でも、もう間に合わないでしょ……。車も燃えちゃってるし、現実的に考えれば……」
ナイラが気弱なため息を吐く。
その途端、パジーは、シバさえ今まで見たことがないような形相で吠えた。
「ウルセェ素人が!俺たちは刑事魂にかけて諦めるわけにはいかねぇんだよ!ここから人のいるとこまで走るぞ!タクシーのおっちゃんもだ!」
「わ、私も走るの⁉」
運転手が自分を指差して驚く。
「え、ちょっと。二人ともなんか変じゃないですか?パジーさんが刑事魂って……」
シバが困惑して言う。
「お前先輩を舐めてんのか!俺は腐っても刑事だぞ!」
「あ、す、すいません!」
パジーはシバを一喝すると、マヤを翼で指して言った。
「てめぇ、次会ったときはブタ箱にぶち込んでやるからな!覚えてやがれ!」
そして、パジーは我先に森の方へと飛んでいく。残りの人間たちも慌てて追いかける。
残されたマヤは、去っていく警察たちの背中をピーピーと笑って眺めた。
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次話、第3章が終わります。
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