第31話 答え合わせ


――今度の静寂は、重苦しかった。


「いやいや……。いやいやいや」


シバが笑って手を振った。


「これは本職の声じゃないですよ。本職のはもう少し低めでかっこいいです。こんな気味悪い声じゃないです」

「お前の自己評価は知らんが……。これは俺らが聞いてるお前の声そのものだよ」

「まあ、下界にいては、自分の声を聞く機会なぞそうないじゃろうからな。録音機材も高価なものじゃし」


クーは椅子に深く座り直して言った。


「声というのはな、自分が聞くのと人が聞くのとでは、音が違うんじゃよ。自分の声は体内で響いた音を聞く故、自覚してる声質と実際の声質の間には差があるんじゃ」


「えーっと……?」

「例えばだけど、シバが今聞いてる私の声と、私が思ってる私の声は全然違うの。パジーもそう。博士もそう」


ナイラが補足する。


「え……、みんなそうなんですか?この世の全員?」


三人が頷く。


「じゃあ、これが本職の本当の声?」


三人が頷く。


シバはあんぐり口を開け、焦り始めた。


「ま、待ってください。どういうことですか?これは、本職が犯人ってこと……?」

「かもな」


パジーが冷たく言い捨てた。


「でも、本職は犯人を捕まえて、それで、顎を打って気絶して……」

「それも、お前の証言以外は証拠がないだろ。本当に捕まえたのか?」


パジーの言葉は突き放すようだった。

シバの活気が段々と萎れてきた。


「じゃあ、犯人がいるっていうのは、本職の妄想……?」

「シバ、手錠出せ。俺がかける。時刻読み上げろ」


パジーが飛び立ちながら指示した。


「は、はい……。十一時四分、本職を……。この場合何罪で逮捕でしょうか?」


「……間に受けんなアホたれ」


 パジーがシバの腕に着陸すると、手錠を受け取る代わりに翼で打った。


「いじめて悪かったよ。しかしお前、素直すぎるぞ。自分で自分を逮捕するバカがどこにいる」

「ど、どういうことですか……?」

「お前が倒れたとき、俺はすぐにお前が気絶してるのを確かめに行ってる。もし全てがお前の幻覚だとしたら、人質が消えた理由がねぇだろ?」

「……あ、そっか」


「そんな可能性の低い筋より、今まで通りその場に犯人がいたって考える方がまだ信じられる。ただ、そいつがお前と声がそっくりだったってだけだ。それも驚くべきことだが」

「じゃあ、まだ本職は容疑者じゃないんですね。よかった……」


シバがホッとした表情を見せていると、ナイラが口に手を当てて狼狽え出した。


「声がそっくり……?待って、嫌だ……」

「なんだ?」


パジーが振り向く。


「覚えてない……?私、ホテルで聞いてる。シバとそっくりな声。パジーが代わってもらえって言ってたスタッフ……」

「……カフェでナイラが力を見せてくれたとき!」


シバが叫んだ。


「おいおい最悪だな、本当に現場に残ってたのか……神経図太すぎるだろ……」


パジーは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。


「しかし、もしそいつが実行犯なら、一度地上に降りて、翌朝には上に戻ったのか?何のために?」

「働いてるなら、単に同僚に疑われないため、とか?昨日、事件のあった時にいなくて、次の日もいないってなると怪しまれかねないし」

「かもな」


パジーがふと思案してから、思いついたようにナイラに言った。


「そういやお前、公園で犯人探してたときも、シバと俺の声しか聞こえなかったって言ってなかったか?」

「うん」


頷いてから、ナイラは苦い顔をした。


「もしかして、それも……?」


「シバだと思った声のいくつかは、犯人だったのかもな。まさか同じ声だなんて思ってねぇから、勘違いした可能性は充分ある」

「じゃあ、本職たちすでに二回もチャンスを逃してるんですか?目の前にいたのに?」


3回目の沈黙が暗い部屋を支配する。

三人は揃って沈痛な面持ちをしていた。


「……ごめん。私、カッコつけておいて、全然役立たずだったね」

「そんな……」


フォローしかけて、シバは言葉を飲み込む。

追いかけていた人間はいつもすぐ近くにいて、毎回あと少しで手が届くところだったのだ。

それをみすみす逃していた……


「……おい、凹んでる場合じゃねぇだろ。すぐ出るぞ!」


パジーが二人を勢いづけるように、派手に翼を叩いた。


「ようやく尻尾を掴んだんだ!ここから巻き返しゃあいい!」

「は、はい!」

「私も、声さえわかれば直接協力できるから」ナイラが頷く。「今度は聞き逃さない」


 シバは二人と顔を合わせて言った。


「では、もう一度ホテル・アクィラへ!」



――――――――――――――――――――


次話、現場へ急行します。






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