第5話 犯人からのメッセージ
それは、秘書軍団の方から聞こえてくるようだった。
エリスは、自分の胸元に手を突っ込むと、黒く四角い小箱を取り出した。
途端に、電子音が鮮明になる。
それは共鳴器だった。離れた場所にいる人間と、会話が可能になる機械。天空層に近い住人しか持てないような高級品だ。
しかも、エリスが手にしているのは、長距離通話が可能な最新機種のようだった。
「もしもし……」
エリスが手のひらに乗せた共鳴器に恐る恐る応える。
ギャギャギャと雑音が乗った後、それは喋り始めた。
「こちらの欲しいものは知ってるだろう」
前置きもなく声は言った。音は加工されている。
「いえ何のことだか……」
エリスが困惑したように返事をする。
「そうか、では要求を増やす。十億ルマーも用意しろ」
「わ、分かりました!どちらも準備致します!」
「それでいい。明日の二十時がタイムリミットだ。場所はどれでもいい、意味はわかるな。間に合わなければ、こいつは死ぬ」
淡々と告げる中、その背後から別人の危機迫るような絶叫が届いた。
「お前ら、絶対に渡すんじゃねぇぞ!俺が死んでもだ!」
声色は加工されているが、恐らくリュウレンの声だ。
それを合図にするかのように、共鳴器は沈黙した。一方的に切られたようだ。
あれだけ騒がしかった秘書たちが、主人の叫びに水を打ったように静まり返っていた。
「今から三十六時間ですね」
ウカが平然と言う。
「分かってましたが、時間はないですね。エリスさん、向こうは何を求めているんですか?」
アンナの再びの問いに、彼女は唇を噛み締めるだけだ。
「はぁ、仕方ない……。シバくん、悪いけど今すぐ行ける?」
アンナが指示をする。
「はい!」
シバが立ち上がって答えた。
「パジーは、シバくんとペア組んでくれる?ウカはこの前の怪我で動けないから」
「ウィッス」
パジーが飛んで、肩に止まると、ウカがショックを受けたように叫んだ。
「た、大したことないんで大丈夫です!」
「……あなたが無謀な突入で怪我する度に上から叱られる私の身にもなってください。ウカは当分待機です」
アンナの暗い眼差しを浴び、ウカが包帯をした手と足を向けて、すまなそうにシバに言う。
「ごめんね、アタシがペア長なのに。調べたいことがあったらなんでも言って」
「了解です!行ってきます!」
言うが早いか、シバは椅子を蹴り、机の上に置かれていた財布などを引っ掴むと、出入り口へと駆け出した。
が、その前で突然エリスが立ち塞がり、そのままシバを抱きとめた。彼女の柔らかさと、香水のほのかに甘い香りがシバの体を包む。
「わぅっ……!ど、どうしました?」
顔を上げると、彼女の目には涙が溜まっていた。
「隠し事をしている私たちが言うのはおかしいと思います。でも、先生は私たちの大事な先生なんです。助けてください……。お願いします、どうか……!」
「もちろんです!絶対助けますから!」
シバは彼女のほっそりとした手をとって約束すると、そのまま外へと飛び出した。
「役得だなぁ。無欲の勝利ってやつか?」
パジーが彼の肩で小さくボヤいた。
「何がですか?」
「いや、何でもねぇ……」
シバが階段まで行き当たったとき、
「シバ君!ちょっと待って!」
特務二課室の前で、アンナが引き止めた。
「なんでしょう?」
階段前で足踏みをしながらシバが尋ねる。
「これからどこに行くつもりですか?」
「考えてません!」
アンナは手帳に何かを書きながら寄ってくると、シバにそのページを破いて渡した。
そこには、ある住所と名前が書いてある。
『イズミ南区シュウロ四丁目二八五の五号、クロネスト・ナイラ』
「これは……?」
「私の秘密兵器です」
アンナは悪戯っぽく笑った。
「もしかしたら役に立つかも。協力金出すって言っていいから。オッケー?」
「とりあえずここに行けばいいんですよね!了解です!」
「あ、待って、もうひとつ。シバくんが声を聞いたとき、犯人が何を言ってたか覚えてる?」
「はい、ハッキリ!」
シバは声色まで似せようとしながら記憶のセリフを再現した。
「『……いえ、少し打っただけ。問題ありません、ニコラ』って言ってました!」
「ニコラ、ですか……」
アンナが神妙な顔で呟く。
「知ってる名前ですか?」
「いえ、初耳。名前の方は私とウカで調べてみます」
「お願いします!」
「そっちもよろしく。頑張って仕事してきてね、二人とも」
アンナが景気良くシバの肩を叩く。
「はい!行ってきます!」
シバは元気良く返事をすると、風のように階下へと降りていった。
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次話、ヒロインが出ます。
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