第二章~尾梶⑤
注)OK→大阪に住んでいた栗山、神奈川で車を使い天堂夫婦を轢き殺した八十過ぎの老婆
KS→神奈川に住む少女,栗山に轢き殺された天堂夫婦の子供で三人きょうだいの長女で十一歳
TM→東京に住む麦原、自宅でほぼ寝たきりだった八十五歳の母親を窒息死させられた息子
AS→愛知の少年、自宅で窒息死した四十五歳で難病により寝たきりだった日暮美香の甥、十五歳
彼の見解を聞き、尾梶は自分なりの見解を告げた。
「そう考えると、闇サイト運営者の狙いはそこかもしれませんね。依頼主全員が約束を果たさなくても、OKのように一人でも賛同者がいればいいと割り切っていたなら、ペナルティをかける必要はありません。連絡が取れなくても構わない。逆に言えば律義に約束を守ろうとする人物は信頼できる。だからこそ実行犯に相応しい人物だけが残ると考えれば秘密保持には最適でしょう」
一旦は同意した彼だったが、疑問点を挙げた。
「それだと確かに筋は通る。しかし問題は金だ。尾梶の言う方法ならどこかで連鎖が止まる可能性は高い。少なくともある一定の空白期間が生れる。栗山が起こした件がそうだ。KSが大人になり誰かの依頼を受け殺人を実行するまで、少なくとも十年以上かかる。だが実際は東京でも事件が起こった。そうなると連鎖の最初はどうやって始まったんだ。サイト運営者がかなりの金をばらまき複数の殺人を行わなければ、全国でいくつも同様の事件が起き続けることはない」
「そうですね。約束を果たさない人物が多発すれば途中で途切れます。それを防ぐには実行犯を生み出す為にも最初に相当数の殺人を行い、一千万円を渡さなければなりません」
「そうだろ。十人いれば一億だ。そんなお金をばらまく程の動機はなんだ。それに人も殺さなければならない。そんなリスクを負うもの好きがどこにいる」
しかし尾梶は首を振った。
「一人から始まったとは限らないでしょう。何人からか分かりませんが、同じ考えを持つ複数人が協力して人を殺し、金を用意したのかもしれません。例えば私のように、介護していた人物が死亡したおかげで多額の遺産を受け取った人がいたとすれば納得できます。いや、もちろん私が加わっているなんてあり得ませんけど。ご存知でしょうがうちだっていいことばかりじゃなく、大変なんですから」
彼は困惑した表情を浮かべながら、少しだけ首を縦に振った。
「なるほど。有り得るな。ああ、お前を疑ったりはしていない。だが確かに尾梶のようなケースで、幸か不幸か被介護者が死亡して大金を手にした家庭はあるだろう。神奈川の事件がまさしくそうだ。DVしていた親が車に撥ねられ死んでくれたおかげで、虐待から解放されただけでなく金も手に入った。そんな目に遭った人物達が集まり、サイトを立ち上げたと考えれば納得できる。同じ苦しみを持つ人を助ける輪を作ろうと、図らずも手にした金を使ったとしてもおかしくない。いや、その可能性は大いにあるぞ」
「何の確証もありませんが、OKの行動を見る限りそうした思想を持つ人間が一連の事件に関わっているとしか思えません」
栗山の息子が突き落とされた事件現場では、犯人と思われる若い男性の目撃証言とゲソ痕が採取されている。また東京とこちらで起きた事件でも、部屋に侵入した第三者のゲソ痕が発見された。しかしその三つは大きさを含めどれも一致していない。つまり少なくとも栗山以外に三人の実行犯がいると考えて良いだろう。
この点は辻畑も賛同した。
「当初の大阪や神奈川のように、今回の件と関係していると分かっていない事故や事件が全国でいくつあるか分からない。それに実行犯は被害者と全く接点がなく、しかも土地勘のない場所まで移動しているというのはOKの行動を見れば明らかだからな」
「そうですね。大阪府警もOKの息子を突き落とした若者を必死に探しているようですが、例えばそいつが北海道に住む人物でもおかしくありません。それどころか海外在住の人物の場合だってあるでしょう。ネットさえ繋がっていれば、どこでも連絡はとれますからね」
「海外にまで逃げられたら完全にお手あげだ」
「でも有り得ますよね。実行犯が大金を手にしていれば、移住する可能性もあるでしょう。コロナ過で大変だった時期なら難しかったと思いますけど」
そこで彼はハッとした表情を浮かべた。
「KSとその妹弟やAS親子には無理だがTMなら可能だ。事件から一年経ち、神奈川の件などと繋がりがあると疑われ、警察による任意の捜査もしつこくなっている」
「そう言えば彼は介護の為に会社を辞め、今は独り暮らしでしたね。退職金や事故で得た賠償金等もあるから金には困っていない」
「困るどころか、贅沢をしなければ悠々自適の生活が送れるだろう。一時的にでも海外へ逃げられたら完全に手が出せなくなる」
「そうですね。ほとぼりが冷めたと思った時点で帰国すれば、再びその行方を捜し出すには手間がかかります。でもそれを止める手もありませんよね。あくまで彼は被害者遺族ですし、警視庁も殺害依頼した証拠を掴めていないので指名手配も出来ませんから」
「的場さんは言わなかったが、そんな危機感を持っていたのかもな。海外でなくても他県へ引っ越す可能性がある。そうなれば管轄から外れ、監視も行き届き難くなるだろう。殺人は時効が無いから、逮捕されたくなければ逃げ続けるしかない」
「国内での転居ならAS親子だって可能です」
「いやASは高校受験があるだろう。今から他県を受験するにはタイミング的に難しい。私立なら可能だが、そんな金は」
そこまで言って辻畑は目を見開いた。マジックミラーの向こうではまだ彼の取り調べが続いている。その様子を改めて見つめながら、尾梶も気付いた為に言った。
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