第一章~辻畑⑦

 振り向くと、顔見知りのフリー記者が立っていた。複雑な家庭環境を持ち、過去に窃盗で警察の厄介になった経験を持つ女性だ。尾梶よりは年上の彼女は、折角入社した雑誌社を事情があって退職していた。

「何も話す事はありません。あっちへ行って下さい」

 尾梶が代わりにそう言い追い払おうとしたが、彼女は引き下がらなかった。

「単なる強盗殺人ではありませんよね。そうなると、怪しいのは遺族ですか」

「おい。不用意な発言をするな」

 辻畑が厳しく窘めたにも関わらず、彼女は反論してきた。

「だっておかしいでしょう。どう見ても生活に苦しんでいる家へ侵入し、何も取らず寝たきりの人を殺したりしますか」

「同居人達には確かなアリバイがある。滅多なことを言うな」

 捜査情報だが遅かれ早かれ分かる話だ。それに現段階で遺族を傷つける記事を書かれては困る為、敢えてそう言った。ただでさえこうした事件では、被害者遺族が無責任なマスコミや大衆により必要以上の誹謗中傷を受け、理不尽な目に遭う場合が少なくない。

 確かに辻畑達も彩達親子に疑いの目を向けてはいた。だがあくまであらゆる可能性を考慮した推察の一つに過ぎない。実行犯ではあり得ない為、残るは第三者の協力を得た共同正犯だけだろう。ただそう簡単に殺人を請け負う人間がいるとは思えないし、金を払って依頼する経済状態でもない。あの一千万円がそれだとしても現場に残っていたのは奇妙だし、そもそも彼女達が用意できるはずがないのだ。

 しかしまだマスコミには金の存在を公表していない。もしこの情報が洩れれば、確実に大衆の興味を引く為に面白おかしく書かれる。それは絶対に阻止したいと本部も考えたようで、箝口令が引かれていた。その思いは尾梶も同様だったらしく、鋭い目で記者を睨んでいた。けれどそこで彼女は奇妙な話を口にした。

「でもここ最近、東京などでも似たような事件が起こっていますよね。何か繋がりがあるとは考えられませんか」

「どういう意味だ」

 思わず問い詰めると、彼女は目を丸くして答えた。

「知りませんか。今回のように、介護や引き籠り等で苦しむ家庭の被介護者達が殺害され、残された遺族が抱える問題が解消された事件ですよ。私は全国で起こっているいくつかのケースを取材してきましたから、関連性があると睨んでいます」

 聞き捨てならない情報で強く興味がそそられた。しかし悟られないよう平静を装い意図的に突き放した。

「そんな話か。類似性の法則だろう。共通点があると全て繋がっているように錯覚するだけだ。殺人事件の件数自体はかつてより減少傾向にあるが、それでも毎年千件以上は発生している。その中にそうしたケースが含まれていてもおかしくない」

「警察がそんな呑気なことを言っているから、いつまで経っても解決できずにいるんじゃないでしょうか。現にそれらの事件全てで犯人は未だ捕まっていません」

「殺人に関する検挙率は近年で九十八%前後と高い。それでも件数からすれば年間二十件以上は未解決だ。それが全てそういう事件ならお前の主張は正しいと認めてやる。だがそうじゃないだろう。一体どれだけの事件が当て嵌まると言うんだ」

「私が掴んでいるだけでも三件はあります」

「たったそれだけか」

「他にも関係していると思われる事件はいくつかあります。ただ明らかに共通していると言えるのが、その三件だというだけですよ」

 挑発が功を奏し、彼女はムキになって反論した。その為さらに話を引き出そうと試みた。

「だったら具体的にどの事件でどんな共通点があるか言ってみろ。どうせ介護や引き籠り等で苦しむ家庭というだけだろう。今、老々介護だけでもどれだけいると思っているんだ。何百万世帯とあるし、引き籠りに至っては一〇〇万人時代に入ったと言われているんだぞ」

「もちろん分かっていますよ。ただ今回、何も盗まれていませんよね。殺されて得をする人間が犯人でなく遺族という事件はそうないでしょう。しかもアリバイはしっかりある。余りに出来過ぎとは思いませんか」

「被害者遺族が犯人でない事件などいくらでもある。何の根拠にもならないな」

「他にもあります。何故か事件後、その家庭の経済状況は急激に回復している点です」

 一瞬ドキリとしたが鼻で笑ってやった。

「経済的負担になっていた人が亡くなったんだ。当然だろう」

 だが彼女は意外な方向から攻めてきた。

「多少なら分かりますよ。他には特殊なケースだと、多くの遺産を持っていたりする場合です。尾梶さんのところなどがいい例ですね」

「おい、口を慎め。こいつの所は殺人事件じゃなく事故だ。一緒にするんじゃない」

「もちろんです。ただ被介護者が死亡により遺族の負担が軽減しただけでなく、経済的に助かったという共通点はありますよね」

 流石に聞き流せなかった尾梶が怒鳴った。

「おい、喧嘩を売ってるのか、事情も良く知らないくせに勝手なことをほざくな」

 しかし彼女は首を横に振りつつ平然と答えた。

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