遺族は何を思う

しまおか

第一章~辻畑①

 行動規制が完全に無くなった年明け、予想通り過去最大の死者数を出し続けている新型コロナ感染はなかなか治まらない。また空前の物価高で特に電気代の高騰により、国民が悲鳴を上げていた最中、朝の最低気温は氷点下を記録する日が増えながら、最高気温は五度から十四度と寒暖差の激しい日々が続いていた。

 事件は昼間に温まった空気が急激に冷え込んだ、そんな土曜の夜に起こった。その翌日の夕方、愛知県警刑事部捜査第一課の辻畑つじはたあきらは、尾梶おかじ朝幸ともゆきと共に現場アパートに到着した。

 初動捜査は、一一〇番通報を受け駆け付けた県警機動捜査隊の中川分駐所が既に行っている。その後捜査本部が立ちあげられ、辻畑は所轄の中川署刑事課巡査部長の彼とペアを組むよう上から指示された。名古屋市の中でも中川区は、繁華街がある中区に次いで犯罪件数の多い地区の為、捜査する機会も比較的多い。一度組んで成果を上げた事件があってから、息の合う彼と組むようになった。

 事件の概要は把握している。被害者の名は日暮ひぐれ美香みかで年齢は四十五歳。五年前から難病を発症し、寝たきり生活を送っていた。彼女の妹で三十七歳のあやとその息子、十五歳の中学三年生のわたるとの三人暮らしだったという。 

 昨夜十一時過ぎ、被害者の隣の部屋に住む加藤という老夫婦が怪しい物音を聞き、心配になり外へ出たらしい。そこで外気はとても冷え込んでいるの隣の部屋のドアが僅かに開いていると気付き、奇妙に思ったそうだ。

 日頃から加藤夫婦は日暮家と多少交流があり、家庭事情を知っていた。その為声をかけたけれど返事がなく、ひっそりとしていた為に余計訝しんだという。灯りは点いていた為、

「航君、どうかしたの。美香さん、起きてるかな」

ともう一度声をかけてからドアを開け、中に入ったらしい。間取りは自分達の部屋と同じ一LDKで奥に彩と航の寝室があり、リビングの端に美香がいつも寝ていると彼らは分かっていたからのようだ。

 そこで目を見開いたまま、玄関側を向く被害者の顔を目にした。その表情が明らかに異様だった為、彼らは慌てて駆け寄り声をかけたが全く応答せず、死んでいるように見えたと証言した。 

 居るはずの航の姿を探そうと、奥の部屋に続く引き戸を開けたけれど姿が見えなかった為、彼らは救急車を呼んだ。しかし到着した救急隊員により被害者は既に心肺停止状態だと確認され、隊員が警察に連絡をしたのである。

 何故なら自宅で死亡していると判断された場合は病院に搬送されず、不審死を疑っての警察による捜査が必要となるからだ。今回もその流れに沿い、駆け付けた所轄の警官が現場保全を行い検視した。そこで当初は、喉に物を詰まらせたことによる窒息死の可能性が高いと見られたらしい。

 しかし念の為、救急車が到着した際に近くのコンビニへと買い物に出かけ戻ってきた航から、かかりつけ医を確認。連絡して再度検分したところで不審な点を発見。そこで事件の可能性があるとされ、機動捜査隊が初動捜査を行ったのだ。

 病死や事故死でないと疑われた理由の一つとして、被害者は進行性核上性しんこうせいかじょうせい麻痺という難病で、歩行障害に加え食べ物などが飲み込み難くなる嚥下えんげ障害の症状があり、普段からチューブを鼻に刺す経鼻栄養法を行っていた点が挙げられた。

 つまり口から食べ物を摂取しない為、喉を詰まらせるはずがない。それなのに被害者は僅かながらもお粥を口にしていた。その上隣室の加藤夫妻が発見した際、チューブは外されていたという。

 もちろん被害者は自力での歩行が出来ない為、誰かが口に運んだとしか考えられない。けれど部屋の中にお粥を作った、またはレトルトを使用した形跡もなかった。

 そうなると疑われるのは看病していた航しかいない。彼女の母親は朝方スーパーの仕入れを手伝い、三時頃から夕方までレジ打ちのパート、夜はスナックで働いており、事件当夜にはアリバイがあったからだ。

 けれど事情を聞くと、彼は被害者が寝静まったのを確認し、今年高校受験を控えていた為に一人で勉強をしていたという。そこでお腹が空き切らした夜食を買いに行こうと、気分転換も兼ねコンビニに出かけていたと証言した。その際ドアの鍵はかけ忘れたらしい。

 店の防犯カメラや店員の証言等で彼の行動は証明され、また持ち物やコンビニまでの道中などを確認しても、お粥を捨てたような形跡は見つからなかったようだ。

 その上鑑識の分析により、同居人と隣人の加藤家以外の何者かが侵入した形跡を発見。つまり航が留守の間、忍び込んだ第三者によって被害者は殺害された可能性が浮上したのだ。加藤夫婦が聞いたという怪しい物音は、その時のものだろうと推測されたのである。

 だが最も不可思議な点が他にあった。それを再度確認する為、辻畑達は事件翌日の夕方に被害者宅を訪れたのだ。

 被害者宅の玄関先にある旧式のブザーを尾梶が鳴らした。

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