第3話 【序章 3】

 倒れている1人が、微かに動いた。リコーテだ。

「リコーテ様」

 女性はその動きを見逃さなかった。叫んで、仰向けに倒れている彼に駆け寄った。

「……セーレ」

 リコーテは女性の名を囁いた。

「一体、一体何があったのです」

 セーレは既に涙目になりつつあった。

「……会議が、破綻した」

 それだけ言って、リコーテは薄目を開けた。

 もう1人、動いた。シルギであった。

「シルギ様!」

 立とうとするセーレを、シルギが右手を挙げて制止した。

 うつ伏せの状態から、シルギはゆっくりと、辛そうに起き、立ち上がった。

 ふらつく脚で、セーレとリコーテの所へ、介助無しで歩いてきた。

 シルギはリコーテの右で崩れ落ちた。

「シルギ様、今直ぐ医者を」

「無駄だ。ほかの皆は息絶えた。彼も私も直ぐに死ぬ」

 霞んだ暗い声で、シルギが言った。

 その時、セーレは気付いた。

 全く、音がしない。屋外の音も、この部屋の中の音も。

「セーレ」

 はっきりとシルギが呼んだ。

「はい」

 セーレはシルギを真っ直ぐ見て答えた。

「今は誰も来ぬ。時が止まっている。今から私がする事を、生き残る証人として見ていておくれ」

 シルギはそう言うと、リコーテに身を被せた。

「……シルギ様?」

 瀕死であっても、リコーテは驚きの表情になった。

 一方、もうシルギは自分の体を支える力を残していないようだ。

 シルギは、か細い声で話した。

「……私とあなたは、そもそも幼馴染であった。ここに来て、やがて立場が違い、意見も合わなく、衝突する事ばかりであったが、本当の、心の奥底の気持ちは、互いに既に知っていたのではないか」

 シルギは右手をリコーテの頭に添わせた。

「1度で良い。私を再び、尊称を付けずに呼んでくれるか、リコーテ……」

 リコーテは、もう驚きの顔ではない。静かな、優しそうな笑みを見せて、右腕をシルギの背に回した。

「シルギ」

 リコーテが呼ぶと、シルギは微笑んだ。

「来世では、必ず、必ず添い遂げてみせるぞ」

 シルギの言葉に、リコーテは頷いた。

 この様子を、セーレは目に焼き付けるように、耳に書き付けるようにしていた。

「セーレ」

 シルギが呼んだ。今度はやや擦れた声だった。

「はい」

「時が動く。そなたは、ここを出て、鍵を掛けて部屋へ戻れ」

「そんな、そんな非情な事は出来ません」

 セーレは首を横に振って言った。

 間を置かずに、シルギはうつ伏せのまま、苦しげに、しかしくっきりと言った。

「そなたの無実を証明するには、戻るのが最も有効だ。時間が無い。早く、行け。私達の証人として生きる為に」

 セーレは濡れた目を1度瞬かせ、頷いた。立ち上がり、走って扉の向こうへ姿を消した。

 扉が閉まる。がちゃんと鍵が掛かった。

 俄に、強い風が、ガラスの壁を揺らしだした。

 その時、シルギとリコーテに、息は無い。

 鼓動も息も鳴らない、不気味な静けさが、続いた。

 間もなく、扉の鍵が開く音と共に、男性が2人と、セーレが飛び込んできた。

「な、なんという事だ」

 老いた男性が、目を見開いて、そこに立ちつくした。

「忠臣達が、全員、死んでいる」

 老人はそう言って、固まってしまった。

「こんな、悲惨な事が、ここで起こるなんて。この大会議室で!」

 中年の男性も血の気の引いた顔で言った。

「……シルギ様、リコーテ様……」

 セーレは小さな声で言って、さらに中へ入ろうとした。

「駄目だ」

 中年の男性がセーレの腕を掴んで抑えた。

 セーレが腕を掴む男性の方を向いた。

「しかし!」

「こうなってしまっては、迂闊に手は出せない。警察が来るまで、入ってはならない」

 男性は何とか理性的な判断をした。

 再び部屋の中に目を向けたセーレは、膝から落ちて、顔を両手で覆った。

「陛下」

 中年の男性が老人に向かって呼びかけた。力無い声だ。

「……こんな事件は初めてだ。我も、どうしてよいか分からん……」

 老人はやっとの事で、言葉を絞り出した。

「……警察を呼べ」

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