廃城のシルバネラ

アイバ・スイメイ

第1話 【序章 1】

 タイセウス宮殿では、今日も会議が行われていた。

 杉と竹を用いて作られた大会議室は、南に面した総ガラス張りの壁から日光が惜しみなく注いで、白っぽい木肌の壁をますます輝かせる。

 その部屋の中に、30人の人が居る。部屋と調和した質素な作りの椅子に座り、同様の小さい机が一人一人に当てられている。30人は円形になって向き合っている。

 共通点は、誰もが有彩色の衣装を着ている事、全員が黒い布靴を履いている事だけだ。ただし、驚くべき事に、1人も色が被っていない。

 この30人の内訳は、男性が28人、女性が2人。若く見える人が11人、ほかは中高年の人だ。

 彼等は、〈王属議員三十臣おうぞくぎいん・さんじゅうしん〉と呼ばれる、この国の最上級官僚達である。

 今、いくつかの議題に対して、全員が一通りの意見を述べ終えた。

「……さて、ここから如何様いかように論を展開させるべきでしょう」

 口を開いたのは、かなり若そうな女性であった。濃く鮮やかな青色の衣服で身を包み、腰まで届く黒髪を下ろしている。

「それを先に考えるのが、あなたの役目ではないのですか。閨秀けいしゅう忠臣のシルギ様」

 濃く鮮やかな赤紫色の服の男性がねっとりと言う。

「私は司会ではありません。そのような序列を作らない為の円陣ですよ、ローヘン様」

 シルギは厳しい表情で、誰を見る訳でもなく言った。

「その通りです」

 ガラス壁の方に座る、臙脂色の服を着た若い男性が言った。剃髪の頭に、服と同じ色の丸い帽子を被る。彼は男性達の中でただ1人、髭を生やしていない。

「そして、今し方の各々の主張から分かる事が1つ。我々は3つの派閥に分けられます」

「なんと! もう1度言ってみろ、リコーテ」

 と怒鳴ったのは、濃い桃色の服の中年男性だ。

「ヒケッポ様、この王宮では敬語を使うのが原則ですよ」

 濃い茶色の服の男性がやんわりと窘める。

「……。そうでしたな、イム様」

 濃い桃色の服の男性は苦々しそうに答えた。

「リコーテ様、続けなされ」

 リコーテの隣に居る、朱色の服の男性が促した。リコーテが口を開く。

「3つの派閥は、大まかに述べれば、改革派、保守派、穏健派と言えます。穏健派は、改革派にも保守派にも歩み寄り、意見を聞きますが、保守派と改革派は、どちらも聞く耳を持たず、相容れぬとしています」

 舌打ちが1回、大きく響く。濃い青緑色の服の男性がしたのだ。

「そうのたまうあなたは、改革派の筆頭と言えましょうぞ」

 淡い青紫色の服の男性が穏やかそうな口調で言うが、言葉の内容は鋭い。

「止めなされ」

 濃い水色の服の男性が声を張った。

「これは政事まつりごとを決める、国の民の代表の議会。皮肉や野次で染める場ではあらぬのです」

「皮肉も野次も出ぬ議会で、どう相手を批判するのですか。ツミュ様」

 濃い若草色の服の男性が目をやった。

「簡単な事でしょう。それとも、義務教育が5年間で足りるとおっしゃったのは、自分の喋り方の稚拙さをごまかす為でしたか、ファンランケ様」

「なんだと、アンヌ」

 淡い黄色の服の女性の発言に、名指しされた男性は机を叩いて喚いた。

 大きな音の拍手が2回響いた。シルギがやったのだ。皆の視線が彼女に向く。

「皆々、何をお考えか。ツミュ様のお言葉を聞かなかったのですか。我々は何万の民に代わって、国の全てを決め、王陛下に結果を告げねばならぬのですよ。時は有限、今日の会議もあと四半刻余りで仕舞いにしなければ。さあ、話のまとめをしましょう」

「さすがは〈陛下の秀脳しゅうのう〉と呼ばれしシルギ様だ。となれば、〈陛下の才脳さいのう〉たるリコーテ様はどう応じなさる」

 淡い水色の服の男性が爽やかに言って、皆の注目をリコーテに振り向けた。

 リコーテは大会議室全体を目だけで撫でた後、話した。

「この中が3派に隔たれてしまっているのは、皆方がそれぞれの部門の人々の意見を一身に背負って、考えを整えた結果であります。意見が分かれるのは自然な事として、我々はそこから、より良い国を作る為に、取捨選択をして折り合わねばなりません。従って、これからの――」

「折り合う、とは愚かな」

 桜色の服の男性が遮った。腕を組んで、不満の顔をする。

「各々は、我こそは絶対の正解を持つと自負しているからこそ、この場に座しているのでは。そもそも、たかが1部門の長に取り立てられただけの30人を寄せ集めたような議会で、国を良く直そうなどと意気込むのは傲慢と言えるのではないかな」

「全く、テルビオク様のおっしゃる通り」

 紺色の服の男性が言った。

 次の発言が無い。誰も、何も言わない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る