24th Dead 『継承と覚悟、宣誓と惜別』

 その後もエックスは俺の知らなかった世界の話を沢山聞かせてくれた。


 この世界には死越者エクシーデッド屍人コープス以外にも様々な人外の存在がいるとか、

 それら人外たちは、時に独自の文明を築き、また時に人類文明の陰に潜みながら生きているとか、

 鍛錬や研究によって人外に匹敵する力を得た人間たちが存在するとか、

 それら"常識を超えた奴ら"を取りまとめ、人知を超えた力を以て各所で暗躍する闇の組織が存在するとか……


 エックスと語らう中で得た知識はどれも興味深く、彼の話を聞けば聞くほどこれからの生活が楽しみになっていった。



――≪ンでまあ、その組織ってのは――≫――

『なるほど。つまりそういう成り立ちになっているのか。

 だとしたら――』


 そうして喋り続けること暫し、"その時"はやってきた。


――≪さぁて、と……そろそろ俺も限界が近えようだ≫――

『限界だって? おいおい、そりゃまさか……』

――≪おう、そのまさかよ。認めたかねーがな。

 一応予想してたよりは長く持たせられたが、

 どうやらオメーと一緒に居られる時間も残り僅かのようだ……≫――


 あまりにも唐突だった。

 確かに最初の方で度々『時間がない』とは聞いていた。

 遠からずエックスと離れ離れになる時が来るんだろうな、ぐらいには思っていた。


(エックスとずっと一緒に居られたら、俺のこれからはきっと楽しい日々になっていただろうなぁ)


 出会って半日と経っていないのに、あたかも十数年来の親友と錯覚しそうになる頼り甲斐と親しみやすさ……

 きっとこれほどの友には二度と出会えないだろうと確信して、だからこそエックスと別れたくない。

 それが俺の本音だった。

 だが、俺は敢えてその本音を押し殺し、あるがままに事実を受け入れる。

 幾ら駄々を捏ねたところで現実は変わらないと知っているから。

 不平不満を口にしたところで必然は覆らないと理解しているから。

 そして、この別れを受け入れなければ前には進めないと信じているから。


『そうか。世話になったな、エックス。本当にありがとう』

――≪いいってことよ。元々こっちの勝手な判断でオメーを手駒にしちまったよーなもんだからなァ。

 本来ならオメーとてあの場でくたばってあの世に行けててよ、運が良けりゃ向こうでマナミちゃんと再会できてたかもしれねーのになァ≫――

『おいおいエックス、さっきまでの調子はどうしたんだよ。お前らしくないぞ。

 俺は別にお前に勝手な判断で手駒にされたなんて思っちゃいないさ。

 むしろ死んで終わってた所を救ってくれて感謝してるんだぜ?

 それに俺は多分あの世になんて行ったらロクなことにならないだろうし、ましてマナミと再会なんて夢のまた夢だろうからさ』

――≪へっ、そーかいそーかい。オメーは相変わらずだなァ。

 そんな風に言われるとツッコミの一つも入れたくなっちまうが、時間がねえ。

 こっから先は一方的に、オメーにとっちゃ特に重要な事柄を話すぜ。

 覚えときゃ今後の戦いで役に立つだろう≫――


 そう前置きして、エックスは淡々と語り始める。


――≪まず一つは、自分の信念と目標を見失わねえことだ。

 オメーは死越者。間違いなく人間より高尚な存在だが、その心根はあくまでオメー自身のままだからな。

 根詰めすぎて暴走しちまったり、精神病むリスクも抱えてる。その辺りはくれぐれも気を付けてくれ。


 んで二つ、これはもっと具体的なアドバイスになるが……オメーが今いるその場所は、オメーが死んだスーパーから20キロほど離れた所にある廃墟の地下室でよ。

 一見何も見えねえ暗闇でどこ行きゃいいのかわかんねーと思うかもだが、死越者の感覚器をフル稼働させりゃ容易に部屋の全容が把握できる筈だ。

 地下室の広さは約八畳、三つある扉の内ドアノブもげてる一つが地上に通じてる。

 廃墟の地上部分は屋根も壁も穴だらけ、かつ山の東側にあるから今の時間帯ならある程度明るいだろう。

 人の多い場所を目指すつもりなら山を下んな。林を突っ切る道路を進めば長くても一時間半でそれなりにデカい町に出られる。


 三つ目。オメー自身自覚はねーかもだが、死越者の見た目はかなり人間離れしてて軽く化け物だ。

 マトモな感性の持ち主ならまず近寄ろうとは思わねえ程にな。下手したらサツや陸自に出向かれてハチの巣だ。

 よって人前に出るなら顔は隠しといた方がいいだろう。できれば肌もあんま出さねーのをお勧めする。

 その部屋の片隅に、近くのゴミ捨て場から集めて来た古着やマスクなんかがある。もし肌を隠すなら役に立つ筈だ、好きに使ってくれ。


 さて、最後は四つ目だが……"陽炎一族"を探せ。日本に古くから根付く人外の一族だ。

 情報は少ねえが、どうやら"屍人"の専門家で、かつ本質が死越者に近い存在だって事は確かなようだ。

 もし接触して友好的な関係を築けりゃ、今回の作戦を遂行する上で心強い味方になってくれるだろーぜ≫――


 エックスの言葉を嚙み締めるように能吏へ刻み込んだ俺は、無言で深く頷く。


――≪さあて、限界だ何だと言いながらそれでも長々喋ってきたが……

 いよいよマジにヤバいらしい。車で言やあ残り僅かのガソリンも使い切ってエンスト寸前ってトコかね。

 あとは、オメーに丸投げするっきゃねーなァ、こりゃ。

 ……そういうワケだからよ、北川ナガレ……あとのコトは頼んだぜ?

 オメーはまさしく、俺らの希望……

 あのふざけた劣等ゾンビどもを根絶やしにして、

  使命を、果たしてくれッッ≫――

『……了解だ、エックス。

 俺は誓おう。

 お前らの期待に応えるべく、

 奴らをこの世から根絶する使命を果たし、

 そして、俺自身の五体が届く限りの、全てを救ってみせる、ってな……』

――≪ヘヘッ、五体が届く限りの全てを救う、かあ……

 そりゃあいい……最高だぜ……

 じゃあ、期待させて貰うとしよーかねェ……≫――


 消え入るような声が静かに響いた後……俺は意識の内側から何かが抜けていくような感覚に陥り、限界を迎えたエックスが俺の脳内から完全に消え去ったのだと察知した。


『ありがとう、エックス。

 いつかまた、どこかで会おうぜ』



 届いているかどうかもわからないが、きっと届くと信じて、俺は彼へ向け言葉を紡ぐ。


 例えこれが今生の別れだとしても、俺は構わない。

 俺が彼を覚える限り彼が存在した証は消えないし、俺が在る限り彼の存在には確かに意味があったと証明できると、そう信じているから。


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