第21話 文化祭当日

 晴天の中、管楽器が鳴る。垂れ幕が、立ち並ぶ店に掛けられる。普段は風通しの良い大通りも、人混みに溢れていた。


 今日は、「テルマン学院」の文化祭当日。


 眼下には、楽しそうに歩く人々の喧騒が広がっている。空は、海のように克明な群青色。その喧噪と青の境界には、まるで丁寧に並べられたドミノみたいに、大小さまざまな建物がずらりと並んでいる。天空まで突き抜ける尖塔スカイタワーや、どこかコロシアムを彷彿とされるような丸みを持った校舎など、多種多様な施設が混在している。



「なんで、なんでアリシアちゃんと一緒じゃないの。どうしてさ、アリシアちゃんはあんなクズ男にホイホイ着いて行っちゃうわけ。そもそもわざわざ今日来る必要ないじゃん。それなのにどうして二人っきりで会ってんのよ。どうしてアリシアちゃんはあいつの誘いに乗っちゃうのよ。ねぇねぇねぇねぇ!!」



 そんな街の中で、人知れず警備を行う役員――リベラ・ベネリートは愚痴を吐いていた。人々の幸せが渋滞したこの状況下の中で。



「リベラ、大丈夫?」

「ちょっと休んだらー?」



 リベラの様子を心配する他の生徒が声を掛ける。

 今、彼女たちは「テルマン学院」の生徒として”文化祭”の運営をしていた。運営といっても、ただの警備だけど。



「——いや、アリシアちゃんは強制されてるのかもしれない。今日、アリシアちゃんが来たのはアリシアちゃんの意志じゃない。やはりあのゲス男が何かを……そうよ、あの男が全部悪いんだわ。そう、そうよ! あの男が全て悪い。アリシアちゃんは、そう簡単に男を好きになるはずない。ましてはちょっと顔が良いからって、そんなのに振り回せれるアリシアちゃんじゃないわ」


「うぅ……」


「ひぇぇ」



 リベラの友達は、かなり怯えた。



「そろそろ当番交代だね~リ、リベラ……もう仕事終わりだから自由にしていいよ」


「……うん!」



 リベラに怯えた彼女たちが、決死の提案をする。リベラは、毒々しい笑みを浮かべながら去って行った。



「リベラを敵に回したら終わりだっべ」



 去り行くリベラの背中を見ながら、一人の少女は悟るのであった。



*    *    *


「良い。とても良い!!」


「楽しいね! テュランくん」



 眼前に広がる景色に、テュランは息を呑む。


 「ねーねーこれどこで買ったの?」「キノクニヤ書房の」「あそこの酒場で」「もう、あいつ何処にいったのよ?」

 あらゆる会話が混濁した大通りは、川の流れのように、人の大群も動いていく。

 テュランとアリシアはその中をかき分けるように、ゆっくりと歩いている。二人で他愛ない話でもしながら。

 特に、テュランの方は珍しくも興奮していた。

 見たことも無い景色——普段は味気ない街の風景が、化粧を塗ったように輝いている。見違えるほどに、せわしくて彩り豊かな光景だ。



「あれは……なんだ?」


「トランペット」


「おぉ……あの口から、あれ程まで厚みのある音が出るのか!! す、素晴らしい」


「テュランくん、トランペット知らないの?」


「あぁ。というか音楽はほぼ知らん」


「ピアノは?」


「呪文か?」


「ううん。全然違う」



 隣を歩くアリシアは少し大人っぽい服装をしていて、テュランはもちろん、その変化に気付いていない。

 緩くウェーブのかかった長い茶髪が肩から鎖骨を隠していて、可愛らしく飛び跳ねている。白いフレアミニとレモネードのオフショルダーで構成された服装からは、腰や肩が綺麗に露出しており、背中に背負ったリュックと腰に納めた鞘が肌の誘惑を上手く中和している。

 白の小さな帽子には、ココアブラウンの大きなリボンがついていた。



「テュランくん、私の服装どう?」


「どう、とは?」


「だから………………可愛い?」


「可愛いんじゃないか?」


「ホント?」


「ホント」


「良かった!」



 アリシアが屈託なく笑う。



「てへへ」



 そして、テュランは腕を取られる。その際、ほんの一瞬だけ腕が胸に触れた。



*      *     *



「テュランくん、アイス買ってくるね。テュランくんは何味がいい?」


「オレはいらん。後々のちのちに響くからな」


「りょーかい。テュランくんは、ここで待ってて」



 大通りの脇道に、アイスを販売する小さな屋台があった。若い男女グループや子連れの家族とかが、待ち遠しそうに屋台のまえに並んでいる。

 アイスに目を奪われたアリシアは、嬉しそうに鼻歌でも歌いながら列の最後尾に着く。



 (子供みたいにはしゃぎやがって……面白い)



 っと、テュランは余裕の笑みを見せた。

 まるで子供を見守る親のような絵だ。アリシアもテュランも、しつこいぐらいに煌めく街中に押されて気分が高揚していた。特にテュランは、自分じゃない自分を体験しているようだった。

 何十回も何百回も……心躍る”死闘”を潜り抜けてきたテュランが、戦闘以外でこれほどまでに笑ったのは初めてである。



「テュランく~ん、買ってきたぁ!」



 手にアイスを持ってアリシアが駆け足で戻ってくる。まるで小動物のような走り方だ。その姿を見ていると、テュランでさえ笑みが零れてしまう。



「あんまり食べ過ぎるなよ。お腹冷や——」



 アイスを頬張るアリシアを心配して、小言をもらそうと思った——その時。

 テュランは、言いかけたタイミングで「チィ」と舌打ちをした。何故なら、見たくないものを見てしまったから。


 人混みに紛れる、大きな人影。

 「テルマン学院」の制服に身を包む眼帯の美少女――リベラが殺気籠る目つきで辺りを睨んでいたのだ。



 (そうか……あの女もこの祭りにいたのか)



 彼女にバレてないのが奇跡である。

 辛うじて風景に溶け込み見つかっていないだけだ。


 もしリベラが”魔力探知”に近いものを習得していたら、二人は発見されていたかもしれない。少なからず、テュランだったら直ぐに見つけられるだろう。


 危険を察知したテュランは、



「ちょっと急ぐぞ」


「へぇぇぇ? きゃぁ!」



 アリシアの手を握り、素早く裏路地に移動。店のなかに入れそうもなかったので、二人はビル同士の隙間に隠れた。



「ああああ~えぃとえぃとひぃぃぃぃ」


「黙れ」



 奇声を上げる彼女の口が、ゴツゴツしたテュランの手に塞がれる。テュランはアリシアを抑えると、大通りを歩くリベラを観察した。


 ぱっちーんと空に向かって伸びた長い睫毛、左目を隠す黒の眼帯。汗の流れるうなじにかかる水色のポニーテール。気品と可愛さと艶と、そして鋭い切れ味を纏ったその容姿は、道行く人々の視線を奪っている。



 (あの女、オレのに支障をきたさなければ良いのだが……少し面倒だ)



「出るぞ」



 再び、彼女の手を引っ張る。リベラとは反対の方向に向かって、なるべく目立たないように二人は歩き始めた。



「急にすまんな。部外者がいたんで」


「~~~~~~~~~!!」



 声を掛けながら、テュランが振り向く。

 アリシアは、ルビーの瞳に大粒の涙を含ませながら、耐えるようにスカートをギュッと握っていた。


 蕩けたような視線と、悶えたような顔。少し目が合うと、アリシアは直ぐに目を逸らす。



「どうした? なにか不満か?」


「…………うぅぅ」



 唸って、黙って。そしてまた唸って。それをぐるりと繰り返して、また同じことを。

 それを数秒続けたのち、



「も、う、耐えらんない」



 ふらつきながら歩き出す。

 アリシアが何を考え何を思っているのか、まるで掴めないまま、テュランは彼女の背を追った。

 やり場のない気まずさを街の喧騒で誤魔化しながら。





 


 






 

 



 









 

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