第10話 村での生活
「………」
目を覚ますと、テュランの目に映ったのは見慣れない天井だった。
その光景に戸惑うテュランであったが、直ぐにこの場所が村長の家であることを思い出して安堵する。
(これ程までに快適な睡眠は久しい)
もう少しだけ寝よう、そう思い目を瞑ろうとしたとき。
「だめ」
誰かの可愛らしい声が聞こえた。
テュランは目を擦りながら、上半身を起き上がらせる。
「二度寝、だめ」
クリッと可愛らしくルビーの目を開けながら、アリシアはテュランを直視した。
アリシアはテュランの寝床の隣に正座している。
よく見ると、エプロンを身に着けているのが分かる。花柄の子供らしいエプロンだ。
「………」
「やぁーあ。ごはんできた」
忠告を無視して再び寝ようとしたテュランの肩を、アリシアは優しく揺さぶった。
テュランは面倒臭いと思いながらも、お腹も空いていたので仕方なく立ち上がる。
「オマエが作ったのか?」
「うん。だから早くリビングに来て」
そう言って急かされたまま、テュランはアリシアとともに部屋を出た。朝食というものを取ったことが殆どないテュランは内心動揺していたが、平然を装って彼女のあとを着いて行く。
いつもと違う雰囲気に、テュランは目をキョロキョロとさせた。
「あらテュランさん、おはよう。昨日はよく眠れた?」
「あぁ、実に快適な睡眠だった」
リビングに出ると、ぱぁぁと笑顔を咲かせる奥さんがテーブルに皿を運んでいた。
朝食の内容は熱々のトーストに、ポカポカと湯気を立たせるブラックコーヒー。そしてアリシアが作ったサラダの盛り付け。
色鮮やかな朝食だ。
「テュランくんも起きたか、おはよう」
アリシアの作った料理にテュランが見惚れていると、階段から村長が降りて来た。彼はボサボサに膨れ上がった寝癖を手で何度もかいていた。
その姿を見た奥さんが「テュランさんのまえで無礼な姿を見せないで」と説教する。旦那は、畏怖した。ここまでが、この家族のテンプレ。
「食べてもよいか?」
「そうですね。冷めないうちに食べましょう」
早速、トーストを口に入れてみる。その瞬間、テュランは驚きのあまり目を輝かせた。
(この家族の飯は存分に美味いな。良い時代になったものだ)
この世界に来てから良い事ばかりが起きているテュランであったが、アリシア家族の料理を堪能している時が一番快適だった。もちろん、魔物や新しい魔術に遭遇したことも彼の心を高揚させる一因となったけど。
「そういえば、昨日話していた結界の件だが……本当に作ってくれるのか?」
「もちろんだ」
「そこまでしてくれるなんて、テュランさんには本当に感謝だ。ありがとう」
「オレはオレのために行動するまで。あくまでも結界に興味を持っただけだ」
「必要なものがあったら何でも私に言ってくれ。村長として全力で応援する」
昨夜、「賢者の監視」を拝見したテュランはこの村を護る結界の全貌を知った。
その上で、より高性能な結界を作り出すことを誓った。
村人にとって願ってもいない幸運であるが、テュランはあくまでも自分のために結界を作成するつもりでいる。
「だったら早速頼みたいことがあるのだが……」
「なんだ?」
「この場で”結界”を作ってくれないか? 魔導書を使ってもいいから」
「あぁ……すまないね。私は『賢者の監視』を介在したドーム状のやつしか作れないんだ。既存の結界を操作するだけだったら”魔導書”だけでも可能なんだけど」
「そうか……てっきりオレは”純粋な結界”も生み出せるのかと思っていたんだがな」
「ごめんね。おそらく私の力不足なんだと思う」
「賢者の監視」――地下室に保管されている”単眼”を介在しない「純粋無垢な結界」を、テュランは欲しがっていた。
本来なら魔導書を用いて生み出すことが出来るのだが、残念ながら村長にはその力量が無かった。
「今日はどうするのですか?」
奥さんが身を乗り出すように言った。
「取り敢えず、村付近の山々を探索するつもりだ」
「どうしてですか?」
「調査みたいなものだ。結界の性能を知る手助けにもなる」
魔術についてこれっぽちも知らない奥さんは、テュランの考えている事がまるで分からなかった。
「では、その調査にアリシアも連れて行きましょうよ!」
「そ、それは流石に……」
「あなたは黙ってて」
奥さんの突然の提案に、旦那は苦い表情を浮かべた。だが、彼女の高圧的な胎動がそれを退ける。
「オレはどちらでもよい。行くか行かぬかは、本人が決めることだ」
出会ってから二日しか経っていないが、アリシアが自分にとって荷物になるとテュランは思っていない。
彼女の存在は彼のなかで「どうでもいい」分類だった。
「わたし、行きたい。テュランくんの弁当もっていく」
「あら、良いじゃないの! 気が利く子ね。それでこそ私の子だわ」
パーフェクトな回答を出すアリシアを奥さんがギュッと抱きしめる。アリシアは仄かに頬を赤くしていたが、満更でもない様子。
そんな二人の抱擁を呆れた顔で眺める村長は、依然として奥さんに尻を叩かれる奴隷だった。もちろん、彼自身が彼女の奴隷になることを望んだわけだが。
* * *
朝食を食べ終え、テュランとアリシアは村を出た。
地震が起きて魔物の生息域が変化したせいで、今までは安全だと思われていた場所が危険地帯へと変貌したらしいが、テュランの実力を目の当たりにした村長はたやすくアリシアを任せた。
ワイバーンを討伐したことで、信頼度が格段に上昇したのである。
「テュランくん、どこへ行くの?」
「行く当てはない。魔力の籠った場所を手当たり次第潰す」
「まりょく?」
「オマエ、魔力を知らないのか?」
魔力は魔術を発動するためのエンジン。魔術師にとって最も重要な要素である。
「千年経つと魔力すら無くなってしまうのか」
「千年?」
「気にするな」
目をクリクリさせながらアリシアが首を傾けた。テュランの話に興味深々だ。
「魔物に会ったら、オレの傍を離れるなよ」
「わかった」
アリシアと他愛無い話をする間にも、テュランは前方から魔力を感じていた。
険しい山の坂を登り、テュランが危険を感じた場所まで来ると、二頭の魔物が身構えて二人を睨んでいた。
魔物の名前は、レッド・ウルフ。
大きさは成人男性ほどで、真っ赤な体毛が特徴的だ。
「そこにいろ」
テュランは銀色の前髪をかき上げながら、二頭のレッド・ウルフに視線を送る。
すると二匹は同時に襲い掛かってきた。
強靭な刃が、テュランの腹を引き裂こうと迫りくる。
「わ! ひぃひぃひぃ!」
後ろからテュランを見守るアリシアが、声にならない悲鳴を上げる。恐怖で足がもたれ、その場に座り込んでしまうが、次の瞬間、レッド・ウルフは首を千切られ絶命した。刹那の出来事である。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
(たかが魔物二匹と出くわしたぐらいで……やはりこいつを連れて来たのは間違いか?)
臆病なアリシアを見て、テュランはイラつくのだった。
次に向かったのは、山をさらに登った先にある湿原地帯。
テュランが最も魔力を感じていた場所だ。
昔、ここには人間が住んでいたが、ワイバーンの群れに襲撃され絶滅した。今では冒険者でさえも寄り付かない秘境の地。
「——やっぱりな」
テュランは薄ら笑いを浮かべた。
彼の目に映るのは、三匹のワイバーン。
「ワ、ワイバーンが三匹も?! ど、どうするの……」
「安心しろ。オレの目的はこいつらだ」
(本来、ワイバーンはドラゴンと違って集団行動を行う。単体で遭遇する事の方が少ない。立て続けにワイバーンと接触して、この山の何処かにワイバーンの群れがあると予想していた。オレの読みは当たったようだな)
テュランの封印が解けたことで発生した地震は、山の生態系に影響を与えた。山奥で生活していたワイバーンたちが山を降るようになったのである。だから、村付近にもワイバーンは姿を見せた。
村人にとってはとんでもない災難だが、テュランにとっては好機である。
何故なら、比較的強い魔物をまとめて三匹相手にできるというシチュエーションは、
「来たか!」
テュランの存在に気付いたワイバーンたちは、食いかかろうと同時に突進してきた。
テュランは軽やかにそれらの猛攻を回避し、呪文を唱える。
「まずはオマエ——
唱えた瞬間、一匹のワイバーンの顔面がハンマーで叩かれるみたいに潰れる。顔を失った状態で少しふらつくと、やがて力尽き絶命した。
まさに瞬殺だ。
その様子を間近で見ていた残りのワイバーンは、慄くように後退りする。
その姿が面白かったのか、テュランは、殺気立つ赤い眼光を飛ばしながらニタニタと笑った。
「おいおい、まだ始まったばっかだぞ。もっと楽しませろ」
テュランは再び前髪をかき上げた。
ワイバーンの返り血を浴びた銀髪が、残虐的な威圧を放つ。
「グアアアアアアアア!!」
テュランに勝てないと判断した二匹のワイバーンが、アリシアを狙い始める。
ワイバーンは力強く翼を羽ばたかせると、上空を旋回しながら炎のブレスを放ったのだ。
「
テュランが唱えた瞬間、半透明な膜が生じた。
ワイバーンの炎は膜にぶつかると、川に流れる水のように散らばってしまった。
「
二匹のワイバーンに、巨大な重力がのしかかる。重みに耐えきれなくなった二匹は、咆哮を響かせながら地面に落下した。
落下してもテュランの術が解けることはなく、依然として見えない”何か”がワイバーンを潰そうと上から迫る。
ワイバーンは身動きが取れないでいた。
こうして動かなくなった標的に、
「”
昨日、結界を破壊したワイバーンに向けて村長が放った魔術と同じものをテュランが発動する。
詠唱直後、炎で形成された弓が現れる。
テュランは、弦を引っ張り炎の矢をワイバーンに向かって放った。
その矢はワイバーンに被弾すると、忽ち炎を拡散させて二匹のワイバーンを虐殺の如く焼き払っていく。
火に呑まれた魔物たちは、やがてビクとも動かなくなった。
「終わったぞ」
「テュ、テュランくん……」
眼前に広がる光景に、アリシアは圧倒されていた。
よく見ると、彼女の目が幾分か輝いている。
アリシアは今まで”強さ”というものを知らなかった。大人たちに、結界に、ただ護られるだけの人間であった。
だがテュランと出会い、少しだけ変わろうとしていた。
「もっと強くなりたい」「みんなの役に立ちたい」そう思い始めていたのである。
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