第二話 辷る

現場へ向かう車の中、少し重たい空気が流れる。

運転席には翔悟、助手席には樋口だ。

普段は生意気な態度と反抗的な行動をしているが、一応樋口のことを上司と認識してはいるらしい。


「……何です。」


先に沈黙を破ったのは翔悟だった。


「何がだ。」


白々しいとでもいう様に、横目で樋口を軽く睨んだ。


「……態々今野さんと交代したんだから何か小言でもあるんでしょう。」

「ちげぇよ。」


変に勘繰るガキだと、樋口はため息をついた。


「じゃぁ何だっていうんですか。」

 

翔悟はほんの少し口を尖らせた。


正直、ガキ同士のいざこざを仲裁してやるほど優しい人間ではない。そんなもんは自分で何とかしろ。

と、心の中で思ったが一々口にはしない。

そんな事は翔悟自身がよくわかっているだろう。

 

樋口が態々彼と二人きりになったのは別の理由だった。


「この件、降りるか?」


全く予想だにしていなかった言葉に、彼の目が大きく見開く。


「何言ってんですか、職務放棄も大概にしてくださいよ。」


運転までさせて、現場まであともう十分と無い。

それなのにいきなり帰れとはどういう事だ。


「コイツ頭イカれてる。」

「心の声漏れてんぞ、つーか誰がイカれてるんだコラ。」


いつも通りのくだらない掛け合い。

このままだといつまでも本題に入れないので無理矢理にでも話を変える。


「真面目な話だ。今回の件、お前には少しキツイかもしれねぇ。」

「そういや俺だけまだ詳細伝えてもらってないですね、ハブですか?」

 

先程、全隊員が車に乗る前、樋口は第一部隊長の翔悟を抜き、二から五の全ての隊長に大まかな内容を話し全隊員に伝達するよう指示していた。


「俺にはキツイってのはどういう事ですか。」

 

特に気にする様子もない。


「……事件の詳細だが、まず被害に遭った、というより遭っているのは貴族の当主とその妾だ。」

 

痴情のもつれだろうか、よくある話だ。


「俺のことガキ扱いしすぎですよ。そんな男と女の下半身事情なんて……」

「そうじゃねぇ、最後までちゃんと聞け。」

 

軽く嗜め翔悟を黙らせた。


「当主にはもちろん本妻がいるんだが、その二人の間には子が授からなかったんだとよ。」

 

言われた通り、口を挟まず黙って聞く翔悟。


「だが、妾との間には直ぐに子が授かった。」

 

樋口はちらりと翔悟の様子を見て、また話を続けた。


「その妾は本妻の侍女として仕えていたらしく、懐妊しているとわかって直ぐに別邸へと遷したんだ。」

「……そうですか。」

 

相槌が返ってくるならまだ大丈夫そうだ。

樋口はそう感じてさらに続ける。


「出産まであともう一月も無くなって、その妾を側室として召し上げる旨を伝えるつもりで本邸に呼び戻したんだが……」

 

少し間が空く。


「今朝方、朝飯を部屋まで運んだ侍女がその女の姿が無いことに気付き、家の者皆総出で捜索したが見つからない。一時間程経ってもう手に負えないという事でうちに連絡が来たんだ。」

「下手人はどうせ本妻でしょう。」

「こら、滅多な事を言うもんじゃない。」

 

注意はするが、実は樋口もおそらくそうだろうと同じことを予想していた。


「はいはい、んで?それで何で俺がキツイんですか?」

「それは……」

 

言い淀んでしまう。


お前が生まれた時と似た状況だろうなどと、流石にそこまで強く言えない。


「何アホな気ぃ遣ってるのかわかりませんが、俺は別に平気ですよ。」

 

傍目には本当に何も気にしてない様に見える。いや、翔悟は元々あまり感情を表に出さないので、何も分からないというのが正しい。


「無事見つけてやれば良いだけの事でしょう。ほら、もう着きますよ、その無駄な気回しは他の人に向けてください。」

 

翔悟は話しながら、屋敷の西門の横に車を停めた。既に他の隊員達も揃っている。

「さぁ行きましょう。」

 

何だか適当にあしらわれた気もしないが、あまり深追いしすぎて仕事に支障が出ても良くない。


「行くか。」

 

樋口は自分の気を入れ直すためにふぅと息を吐いて外へ出た。

ここからは少しも気を抜くことは出来ない、戦場のようなものだ。


(翔悟のことも気にかけながらやるしねぇな……。ったく、どいつもこいつも頑固な奴ばかりでめんどくせぇ。)




西の門から黒い制服を身に纏った男達がぞろぞろと入ってくる。

その物々しさに、鋭い視線や悍ましげな視線を向ける者、揶揄するような好奇の視線を向ける者など様々だ。


「久しぶりですねーこの空気感。」

 

この場にそぐわない、何とも緊張感の無い声だ。


「そうだなー、まぁ、俺たちはやれる事をしっかりやればいい!」

 

こちらもまたこの雰囲気の中なんと和やかなのだろう。


「中西も今野さんも緊張感持てよ……。」

「いやぁすまんな。隊が結成された当初のこと思い出しちまってなぁ。」

 

今野がしみじみと言う。


「でもこれだけ注目されていれば、怪しい行動をとる人間はすぐにわかりますね。俺らを避けたがるだろうし。」

 

中西の言う通りだ。

家中の者達全ての意識がこちらに集中しているのだから、逆に一切関わろうとしない者がいれば、おそらくそれが下手人だろう。もしくは今回の件について何かしらの情報を持っている可能性がある。


「んで、こっからどうするんですか。」

 

翔悟が次の指示を仰ぐ。


「まずは俺と今野さんとお前で当主に事情聴取をする。」

 

総隊長とその副官、戦闘にあたる場合のその筆頭、この三人で顔色を窺う必要がある。

なぜなら今回は貴族の家中で起こった事だ、外部の者が下手人という確率は相当低い。

相手方の体裁と面子を保ちつつ事件の真相を探らなければならないのだ。


「よし、行くぞお前ら。」

 

ここからは今野を先頭に動く。


「中西、お前は家の者達に聞き込みしとけ。」

 

隊員達が屋敷内を捜査している間に中西には家の人間達を探るよう命令した。


「わかりました。」

 

軽く頷くと早速屋敷内へと潜り込んでいった。

中西は潜入捜査をする事もあってかなり地味に見えるが、その素朴さが人の警戒心を解くのにとても役立つ。

おそらく家中の者達も簡単に口を開くだろう。

 

樋口自身、当主とその奥方の住まい、寝殿へと移動しながら、ついでに何か掴めないかと周りを観察する。

と、大きく開けた庭のような場所に出た。

庭には大きな池とそこには中島、反橋が見える。この規模を見るだけでどれだけ裕福なのかが伺える。

「すげぇなぁ。」

 

今野が思わず感嘆の声を漏らしていた。

「相当がありますね。」

 

その横で翔悟が指でお金の形を作っているのが下品だ。


「あのなぁ……」

「ふざけるな!!何をしとるんだ貴様は!!」

 

軽く嗜めようとしたその時、寝殿の方から怒号が聞こえてきた。


「お館様!どうか、お許しを!!」

 

加えて、許しを請う女の悲痛な叫び声も聞こえてくる。


「なんだ?」

 

あまりの険悪な雰囲気に、先程までのほほんとしていた今野が眉を顰めた。


「何かあったのかもしれねぇ、本来なら勝手に入るのは御法度だが……」

 

樋口は今野に伺いを立てる様に言うが、もう既に乗り込む準備は万端だとでもいう様に少々息巻いている相貌だ。


「大丈夫だ、俺が全て責を負う、行くぞ!」

「おう!」

 

今野、樋口、翔悟の三人は早足で階段を駆け上がり、簀子縁、上げ畳になっている座所を通り過ぎ母屋に踏み込んだ。


「失礼仕る!」

「な、なんだお前ら!?」

 

踏み込んだその場には、顔を真っ赤にして今にも掴み掛かろうとしている男、それを押さえ込む二人の男、そしてその赤ら顔の男の前に着物の袖で顔を隠しおいおい泣いている女、それを腕で覆い守るかのようにしている二人の女がいた。


「失礼仕る、特別刑務部隊総隊長 今野 と申します。」

「並びに副部隊長 樋口と申します。」

「第一部隊長 織田と申します。」

 

それぞれ名乗り、一礼をする。


「っ、勝手に、寝所に乗り込むなどっ!!」

 

相当興奮している様子だ。言葉の合間合間に息切れが見える。


「何やら只事ではない様子でしたので、御身に何かあってはと思い、この様な無作法な振る舞いをしてしまいました。申し訳ございません。」

 

今野が詫びを入れ頭を下げる。


「……っ、そ、そうであったか。」

 

一度振り上げた拳を下すことはそんな容易ではない。

今野の詫びに冷静さを取り戻しつつあるのか、自分を押さえ込んでいた侍従達に、立ち居振る舞いを直すよう目配せをしている。


この様子からここの主人はそれなりに話の通じる相手のように見える。


「お前達はもう良い、下がれ。」

 

そして、先程から着物の袖で目元を抑えすすり泣いている女と、その侍女達にはこの場から去るよう命じた。

その女の身につけている物や侍女の態度から、正妻だろうと推測できる。

 

奥方は二人の侍女に支えられ、泣いている顔を見られないよう覆い隠しながら母屋を出て行った。


「奥方は良いのですか?」

 

樋口が聞く。


「あれはいい。それよりも消えた妻の方だ。」

 

無駄話は必要ないと、直ぐに本題に切り替えた。

相当切羽詰まっているように感じられる。

若しくは何かを隠そうとしているのか………


「はい、では、これまでの経緯を詳しくお聞きしたい。」

 

この当主、河内支依かわちのつかよりは皇家の流れを汲む者で、河内家を立ち上げた開祖者である。

先程母屋から連れられて行った奥方の通子とおこ殿は、立ち上げの際に助力してくれた家の娘だった。

 

河内家が創られてからまだ五年程だが、帝のためにと新たに武家を設け尽力しておりその誉は高く、帝からの信も厚いようだ。


「経緯は先に伝えておる通り、孕った妻を呼び戻したが今朝になって姿が消えてしまったのだ。」

 

樋口が翔悟に説明した通りの内容だ。


「お姿が見えなくなるまで怪しい人物などに会ったり、または別邸で何かしらあったなど、そういう事は少しもないのでしょうか?」

 

今野が支依に訊ねる。


「ここにいる者は妻もよく知っている人間だけで新たに雇った者はおらぬ。」

「河内様自身も特に変わったことは……」

「ない、ないから困っておるのだ!」

 

聞かれるのが煩わしいとでもいうように途中で言葉を遮った。

感情が昂ってきているのか、口調も強くなる。


「お前達のお役所仕事に付き合っていては妻の身が保たん!陰陽師どもは来ないのか!?」

「身が保たない?何か命の危機に晒されているのですか?」

 

すかさず樋口が追求する。


「そ、れは、身重で、何かあったら大変だろ……と、とにかく!妻と腹の子が無事に見つかれば良い!!」


少々歯切れが悪い。


「……申し訳ないのですが、単刀直入に伺います。何かご存じですよね?」

「なっ、私を疑って……」

「我々は奥様とそのお子を助けに来たのです、貴殿ではない。」

 

樋口は語気を強める。そして反論する暇を与えないよう言葉を続けた。


「もしも、何か知っていながらそれを隠し、周りの者にも口封じなどしているのでしたら貴殿自身、いや、この屋敷内の者全てが罪に問われることになりますよ。」

 

口が開いたり閉じたりと忙しなく動いていることから焦りの色が見える。または樋口の勢いに震えているのか……。

口を割らせるまであともう一押しというところだ。


「最悪、御家お取り潰しなんてことも……。」

 

援護をするように翔悟が畳み掛けた。

さぁどうする?とでもいうように三人の視線が突き刺さる。

ほぼ脅迫に近いが時間が無いので致し方ない。


「っ、はぁ……。」

 

支依は観念したとでもいう様に大きく息を吐き、ほんの暫く目を伏せた後、悄然と項垂れた様子で話し始めた。


「……どうすれば良いのだ。」

 

誰に問うているのか、自分自身にだろうか。


「どうすれば、二人を救える?」

 

顔を上げたその瞳は僅かながら涙が滲んでいるように見える。


「どうすれば……、通子は罪に問われることなく、妻と腹の子は助かる?」

 

やはり憶測は正しかった。


「奥方に、どのような沙汰が下されるかは我々には判りかねます。」

 

樋口ははっきりと言葉にする。

特別警務部隊は事件や怪異の対処をするだけで、罪を判別し刑を下すような権限はない。


「ですが、奥方のされた事がわかれば、奥様とその御子を助けられるかもしれません。」

 

樋口の言う事に、小さく何度か頷くとコトの経緯を話し始めた。


「……通子と消えた妻はな、元々同じ屋敷内で育った幼馴染、いや、ほとんど姉妹と言っていい程でな……。」

 

女二人の身の上話が始まる。

 

一人は貴族の娘、もう一人はその貴い娘の乳母の子だった。その乳母も、身分の高い御家に仕えられる人材なのだ、位は少し下がるがそれなりにいい家の出だという。

 

貴族の娘の方が二つ下と歳も近く、また、出産時に母君が亡くなったこともあり、本当の姉妹のようにいつも共に過ごして育った。

必然と乳母の子は侍女になり娘に仕える立場となったのだが、それでも仲睦まじく過ごしていた。

 

そして年頃になり、そろそろ娘を良き家に嫁がせようかという話が出始めた頃、候補の中にその河内家も上がっていた。皇家の流れを汲む河内家に助力することで恩を売り、そのお返しに娘を娶ってもらおうという目論見もあったのだろう。

だが、交流を繰り返す中で支依は、貴族の娘ではなくその側にいつも仕えていた娘に心を寄せるようになった。

しかしながら、一門を立ち上げる際のご助力だけでなく帝からの御達しもあり、想い人を正妻として迎えることは出来ない。

ならば、側室として迎えるためにも既成事実を作ってしまえば良いと……。


「……自分の想いを遂げるため、なんと愚かな事をしたのか……。」

 

あぁ、と慚愧に堪えないという様子で顔を覆い隠した。


(雪華がいたらブチギレてただろうな。)

 

愚かな男の話を聞きながら、勝手気侭で実直な少女を思い浮かべる。


「それで、通子殿は何をしたのですか。」

 

自責の念に駆られる男に、翔悟は真正直に聞いた。

ほんの少々言葉に棘があるように聞こえる。どうやらイラついているようだ。


「……正直、私も、よくはわからぬが、呪詛を、かけたのだと……。」

 

予想通りの答えだが、直接聞くとどうも気が重くなってしまう。


「今野さん。」

 

樋口の声に軽く頷く。


「では、呪詛がどういったものか通子殿に直接お聞きしても宜しいでしょうか。」

「……。」

「既に陰陽寮には連絡しています。到着するまでに少しでも情報を得られれば、それだけ早く奥様と御子を助けられのです。ご協力お願い致します。」

「……わかった。」

 

実はここへ来る前に既に陰陽寮には事件の内容を伝えていた。皇家に関わる貴族ならばいつもより早く動くだろう。

だが、それでもやはり、こういった事ならば雪華に居てほしかった。


(あのアホをこれ程要するとは……。)


樋口はそんな失礼なことを考えながら、仕依、今野達と共に奥方の元へ向かった。

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