勘違いも甚だしい

 結局、特訓が終わる頃には夜の十時を回っていた。


「ふぅー……」


 数時間ぶっ続けで動き続けたのだから、カサネもそれなりに消耗もした。


 だが、それ以上に恐ろしいのはシンヤだ。なにせ、〈夜叉〉の階級にまで登り詰めた〈封印師〉を相手に数時間も食らいついて来たのだから。


「お疲れさま、カサネさん」


 玄関までくれば、レンサが二人を出迎えてくれた。といっても、シンヤは傷だらけでカサネに背負われたまま気絶しているのだが。


「うっわぁ……シンヤくん、ボロボロじゃないですか」


「ははっ、ちょっとやり過ぎちゃったかも……今日は柊さんのとこのヒナミちゃんも来れないだろうし、アンタが手当てしてやってよ」


「はぁ、カサネさんは本当に〈武器師〉遣いが荒いなぁ……とりあいずシンヤくんは僕がなんとかするので、カサネさんはお風呂にでも入ってください。じゃないと風邪引きますよ」


「はいはい。それでさ、トウカちゃんの方はどう? こういうときはアンタの方がうまいこと励ましてあげられたでしょ?」 


 そう尋ねると、レンサは少しバツの悪そうな顔をして、頭を下げた。


「それが、ドアを叩いて呼びかけても返事がなくて。……励ます、励まさない以前に、拒絶されちゃいましたね」


「なるほど……いや、アンタは良くやってくれたわよ。ありがとね」


 カサネはシンヤを預け、自分も雨に濡れた髪をタオルで拭いた。


 そこで、ふと、下らない悪戯を思いつく。


「ねぇ、レンサ」


 どんよりとした雰囲気に耐えられなくなったのもあるのだろう。カサネはニヤりとほくそ笑んだ。


 彼女は装束衣装の胸元を軽く緩めて見せた。ほんの一瞬、レンサの視線はそこから覗く白い肌に釘付けになる。


「えっち」


「ちょっ⁉ い、今のは、カサネさんがワザとやっただけでしょッ!」


 思った通り、顔を真っ赤にするレンサ。どうせ、自分以外の女と縁もないような男だ。こういうのには弱いのだろう。


「ッッ……早く、風呂に入ってくださいッ!」

 

 ◇◇◇


 本気で怒ったレンサから逃げるように、カサネは装束衣装を脱ぎ捨てて、そのまま浴槽に飛び込だ。


 こんな風に浴槽に飛び込んだのも何年振りだろうか。せっかく彼が沸かしておいてくれたであろうお湯の半分は排水溝に流れてしまった。


「確か、一回だけ三人でお風呂に入ったりもしたよなー。あー……トウカちゃんの髪艶々だったなー、母さんによく似てて」


 確か、シンヤとトウカが十一歳の頃だ。


 当時、絶賛嫌がる思春期二人を悪ノリ半分で風呂に連れ込んだことがあった。


 今に思えば、完全にアウトなことをしたのだが、多分時効だろうと自分の中で言い訳をしてみせる。


 だが、思い返せば、少し妙な点があるのだ。


「あれ……そういえば、あの時からシンヤって」


 勘違い───シンヤはトウカに敬語を使うのは、虐めがあった直後だと記憶していた。


 だが、カサネの記憶が正しければ、そうじゃない。


 シンヤがカサネに敬語を使い出したのは、十一歳の頃からだった。

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