躍動鳴動
当たり前な悪友との日々
シンヤは数学が苦手だ。数学以外の教科だって、大抵は面倒くさいから苦手なのだが。
相変わらず暇魂に溢れる教室の中、シンヤは黒板に書き込まれる数式を眺めながらに、あくびを噛み殺していた。
どうせ理解できないのだから、と言い訳して眠り快楽へと誘われる選択肢もある。
ただ、この選択肢を選べば、確実にトウカキックによる制裁を受けてしまうだろう。
「…………」
居眠りを諦めたシンヤは悟られぬよう視線を真横へとずらした。
隣に座るトウカは今日も、真面目に授業を受けている。凛とした姿は乱れず、シンヤにとっては睡眠の魔法にしか聞こえない授業の要点をノートにまとめてゆく。
(トウカさんって基本的には頑張ってんだよな……)
思い返せば、彼女はいつも何かに打ち込んでいた。シンヤの知る限り、彼女が気を緩めているところを見たことがない。なんで倒れないか不思議なほど、彼女は努力を重ねているのだ。
──うーん。トウカ先輩って結構分かりやすいタイプだと思うですけど。ほら、先輩って嘘ついても、あのクセのせいですぐ解るし。
──彼女と一番付き合い長いのはシンヤ先輩でしょ。逆に何で気付かないんですか?
ヒナミに言われたことが胸に引っかかり続けてから、今日で一週間だ。
相変わらず人器一体は成せず、件の治療によって精神をガリガリと削られたわけだが、この一週間でいつの間にか、暇さえあればトウカを観察する癖がついてしまった。
観察した結果、進展に繋がるようなものは見つけられていない。トウカの表面的な要素を再認識しただけなので、単に変な癖が増えただけだ。
(……ただ、なんだろうな)
今のトウカはどこか息苦しそうなのだ。
彼女は半端なことではびくともしない。そんな彼女が何を背負っているのか? その答えに辿り着けないまま、授業は終わってしまった。
トウカが席を立とうとしたので、シンヤは咄嗟に目を逸らす。
「……ん?」
少し違和感を持たれたのかトウカは首を傾ける。それでも運良く、彼女の疑問は確信に変わらなかった。
どうやら彼女は疑問を持ちながらも、学食に行くようだ。
「セーフってとこか……? ずっと見てたことがバレれば、またトウカキックの刑だろうしな……ははっ」
腰の状態は日に日に悪化していく。カルテの持病記入欄に腰痛持ちと書けるくらいには、腰の痛みに苦しめられているのだ。
こればっかりは、トウカを恨んでも良いだろう。
「シンヤー、俺たちも飯食おうぜー」
そんなことを考えていると、ユウが弁当包みを片手に此方へと寄ってきた。
シンヤも今朝方、カサネが作ってくれた弁当を持って二人で学生ラウンジへと向かう。
ちなみに面倒くさがりのシンヤがわざわざラウンジへと移動するのは、以前にユウが「女子の姿を眺めながら食べる飯に勝るものはない!」と熱弁したためである。
幸いにも空いている席はすぐに見つかり、塩の効いた握り飯を頬張るシンヤの横で、ユウはさっそく鼻の下を伸ばし始めた。
「はぁ……やっぱりトウカさんは美人だよなぁ」
その視線の先では彼女が友人たちと食事をとっている。シンヤの前ではめったに見せることもない女子らしい表情でだ。
彼女もシンヤと同じサイズ感の握り飯を食べているのはずが、そこには品性が醸し出されていた。
「俺もトウカさんのおにぎりになりてぇ……」
「お前、今日は一段と気持ち悪いぞ」
「あん? 何が気持ち悪いんだよ? 見ろ、トウカさんの口元。桜色で柔らかそうだろ。息とかも良い匂いなんだろうな」
「いや、それはねぇ。歯磨きした直後は歯磨き粉の匂いがするだけだ」
「んだよ、夢を壊すようなことばっか言いやがって」
ユウは、どうにもシンヤが乗ってこないのが面白くないのだろう。
ここで、とびっきりの切り札を切ることにした。
「ずっとトウカさんのことガン見してるムッツリのくせに」
「はぁ⁉ なんで俺があの人を見なきゃいけないんだよッ⁉」
「いいや、アレは確実に見てたね。憧れの幼馴染に恋する少年の目をしてたね」
「だから、見てねぇよ! だいたいトウカさんを見ても何が楽しいのやら?」
「ここ一週間、ずっと見てた癖にー。親友の俺が気づかないと思ったかよ」
全部バレていた。
多分、事情を説明しても、この悪友は自分が面白いと思うようにしか解釈しない。反論しても無駄だと分かると、キレることさえ面倒になってきた。
「俺がトウカさんを好きになることなんてねぇよ。俺たちはそう言う関係じゃねぇんだ」
「じゃあ、どういう関係なんだ?」
「別に普通の幼馴染ってだけで、ラブコメ漫画みたいなことは起きねぇって言ってんだよ」
「それにしては、なんかお前だけよそよそしいよな」
幼馴染の〈武器師〉と〈封印師〉。不真面目なシンヤをちゃんとさせようとする生真面目なトウカ。側から見れば、二人の関係性は恋人や友人とは少し違っていても、良好なもののように見える。
それなのに、トウカに対してのみ敬語を使うシンヤがどうにも不自然に思えるのだ。
「お前らってさ、いつから今みたいな感じになったんだ?」
単純な好奇心からユウは質問を投げる。
「十一の時からこんな風になった。敬語は中学からだな」
「それじゃあさ……ぶっちゃけ、昔のお前はトウカさんのこと好きだったのか?」
「…………」
好きだった。とは口が裂けても言えるわけがない。
ずっと側で自分を守ってくれると約束してくれた彼女は、シンヤにとって間違いなく初恋の相手なのだろう。
彼女が〈武器師〉になりたいと言ってくれた時、シンヤは素直に嬉しかったのだ。
封印師として、共にトウカと戦えると。今度は自分が彼女を守るために戦えると。
「トウカさんは俺の憧れなんだよ……あの人は誰よりも強い人だから」
単純な力の話ではない。彼女の肉体に宿る魂は誰より高潔なのである。
そんな彼女の隣に立てるくらいシンヤは強くありたかった。
「うーん……なんか、もうちょい甘ーい話を期待してたんだけどなぁ」
ユウはつまらなそうにぼやく。
「……けど、やっぱり、お前だって十分すげぇよ」
「んだよ、藪から棒に」
「ふん……。俺は女以外を基本的に褒めたくないから、一度しか言わねぇぞ。お前は俺と大して変わらないくらいサボり魔のクセに、毎日異形から人を守るために修行して、憧れの人を追いかけて、少年漫画の主人公か、つーの!」
バシバシ! とユウが背中を何度も叩いた。
こっちだってこんなヤツを褒めたくないので口には出さないが、本当に良い友人が出来たと思う。
普段の言動が残念でもユウは〈封印師〉という自分の特殊な境遇を知って尚、友達として接してくれるのだ。そんな「当たり前」にどれだけ救われたかを、この悪友は知らないのだろう。
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