リベレーターズ②

 殺しの話が出た途端に嬉々としだすゴウマのことを、ネノは案外気に入っている。


 彼女自身の戒放は〈武器師〉や〈封印師〉との戦闘を想定した場合、少し頼りない。そうなれば、ネノの知る中でもっとも扱いやすい駒なのが、ゴウマなのだ────ただ強い敵を殺り合えるというだけで、何の警戒もせずについてくるのだから。


「ちなみに、こっちのお姉さんの方。称号は夜叉だよ」


「なんだ、それ? 強いのか?」


「〈封印師〉の中でも上から数えて十番以内に入る人間しか名乗れない称号。対異形、対〈解放者〉のエキスパートなのー」


 ゴウマの顔に狂暴な笑みが浮く。


〈解放者〉になる人間のほとんどは、親族が〈解放者〉だったか、そこしか居場所が無くなった社会不適合者のどちらかだ。だが、ゴウマはそのどちらにも該当しない。


 血湧き肉躍るなんてフレーズじゃ満たされない闘争狂。血が燃えたぎり、肉が引き裂かれるような殺戮を望んでこの世界に飛び込んできたバトルジャンキーであった。


 ゴウマは元々、地下で違法開催される何でもありの闘技場のチャンピオンとして君臨していた。それでも、過ぎてゆく日々に彼は飽き飽きしていた。闘いを楽しむために、リングに立っているというのに対戦相手は雑魚ばかり。正直、時間の無駄とすら思っていた。


 だから、ゴウマはさらなる闘争を求め、さらなる社会の闇へと突き進んだ。要人のボディガードや特殊工作員、殺し屋だって何だってやった。それでも満たされなかったゴウマが辿り着いた果てが〈解放者〉の世界だったのだ。


〈解放者〉に総じて言える最終目標は〈八災王〉の復活と混乱を招くことだが、これはあくまでも目標に過ぎない。解放者が普段していることと言えば、異形の調教か、

〈武器師〉や〈封印師〉との殺し合い。ゴウマはその後者に魅せられた。


 人器一体に至れる人間は、どれも人の至れる境地を超えている。高潔な魂同士の波長が合わさり、想いを糧にする穢れなき境地だ。


 それを正面から叩き潰せるなんて、ゴウマにとってはこれ以上ない至福であろう。


 美しい花を踏み躙りたくなるように。


 完成された美術品を落として割りたくなるように。


 人として正しくあり続ける〈武器師〉や〈封印師〉を、人の道から外れた〈解放者〉の自分が殺す。


 ゴウマはその瞬間のために拳を振るう。


「へへっ。いまからワクワクが止まんねぇや」


 恐らく、本人は〈八災王〉の復活もおまけ程度にしか考えていないのだろう。二人の腹の奥に秘めた思惑は異なれど、談義は黒鋼家の人間をどうやって殺すかの方向に進んでいた。


「あの、お客様」


 ゴウマの背後に人影が立つ。胸元にあるネームバッジには「店長」とあった。


 気付けば、ファミレスには二人しか残されていない。見えないネノに向けて嬉々として話すゴウマの姿は異様なものだ。客達は気味悪がり、早々に店を後にしてしまったのだろう。


「チッ……一般人ってのは、ソイツがただのヤベーやつなのか、〈解放者〉かも見分けられねぇのか? わざわざ目立つように顔に墨入れてるってのに、これじゃあ意味もねぇな」


「仕方ないの。今の〈解放者〉なんて、一般人は言葉くらいしか知らないんだからー」


 店長は、誰もいない虚空に向けて話し掛け続けるゴウマを、話の通じない人種と判断したのだろう。仕方なく携帯を取り出し、警察を呼ぼうとする。


 だが、それが不味かった。


「おい、待てよ」


 ゴウマのスイッチを入れてしまったのだ。滲み出る攻撃的な魂の波長は目に見えずとも、潜在的な恐怖を掻き立てる。


「なぁ、ネノ。待ち合わせる場所は、どうしてもここじゃなきゃダメだったのか?」


 不満を吐き連ねながらも、ゴウマはその巨体で立ち上がる。


「目立っちゃうのは、ゴウマが隠魂を食べなかったからなのー」


「それじゃあ、〈封印師〉の連中が襲ってこねぇじゃないか。俺はな、挑んでくる相手を返り討ちにする方が好きなんだよ」


 きっと一派人を殺したところで、何も面白くないのだろう。


 それよりもネノが待ち合わせ場所を、どうしてこんなところに指定したのかが気になった。


「最近は色んな所で迷魂を集められるの。例えば、ここのお店ならメニューが豊富だから、ちいさな迷い事で溢れてるのー」


 迷魂は人の迷いから生まれる異形だ。大したことのない迷いから生まれた個体は、それほど脅威でもないが、数が集まると厄介なタイプでもあった。


 ネノがその手を広げれば、その中には数百、或いは数千の異形が極小サイズまで圧縮され、鮮魚の様にピチピチと跳ねている。生臭い匂いにゴウマは顔をしかめるも、彼女は掌の上で集めたそれを愛でていた。


 本当に愛おしそうに、指先で弄ぶ。


「〈封印師〉たちにバレないよう迷魂を集めたいなら、こういう飲食店で、注文に迷う人たちから大量に生まれてくるタイミングを狙うのがおススメなのー。これだけ集めるために今日は一日中、ハンガーショップやお洒落なコーヒーチェーン店、とにかくメニューが複雑な店を梯子したんだから。あとは、学校の中。特にテスト期間中はたくさん迷魂が集められるから忍び込むのがオススメなのー」


「わりぃ、そういう話には興味ねぇや」


「むっー! せっかく〈解放者〉の先輩として、効率よく異形を集められる所を教えてるのにー」


 好きなことになれば饒舌になるタイプのネノだが、話を聞いてもらえなかったせいで拗ねてしまった。


 一方でゴウマは、おもむろに拳を鳴らす。


「なぁ、テメェ。店長ってことは、この店で一番偉いってことだよな?」


「えっ……ちょっ」


「一番偉いってことは、この店で一番強いってことだよなァ?」


 まるで獅子に睨まれたように。怯えた店長からの魂は、恐魂が次々生れ落ちた。


「ネノ! コイツはぶっ殺しても良いんだよな!」


「んー……騒ぎになったら、ちゃんと隠魂食べれるのー?」


「はっ! 俺は今、コイツを殴り殺せれば何でも良い!」


「なら良いの。ちょうど恐魂も集めたかったし、死ぬ直前に獲れる恐れからは強い怨魂が生まれるから。とびっきりに怖がらせて、殺っちゃえなのー」


 大きく腕を回して、両拳に魂を込めた。ネノも生まれたての異形達を逃さないように、捕獲準備を整える。


「テメェのチンケな身体に刻みこんでやるよ、俺様の戒放ってヤツをなァ!」

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