ノーゴール師匠、サッカー世界一を決めるゲームに出る。
@tokizane
プロローグ
第1話 準決勝・フランス戦
アンダー17ワールドカップ・アメリカ本大会
日本代表のここまでの成績
グループリーグB
第1戦 日本3-2アルゼンチン
第2戦 日本2-0コスタリカ
第3戦 日本0-0クロアチア
(グループリーグB首位通過)
決勝トーナメント
ベスト16 日本7-1オーストラリア
準々決勝 日本1-0メキシコ
5試合13得点3失点
--準決勝 日本0-0フランス(試合中)
夕日のオレンジ色と夜の紫が鮮明なコントラストをなしている。
驚くほど美しい空の下、緑のフィールドではそれに気づかない22人の選手たちが不規則に動き回っていた。
前半24分経過。まだ点が動いていない、どころかチャンスらしいチャンスが生まれない落ち着いたゲーム展開だった。
DFがフリーになっても無理をして攻め上がらない。パス回しも単調でチャレンジする意図が少ないような。
選手がリスクの少ないプレーを選んでいるというよりも両チームのベンチの思惑がそうさせているような。日本もフランスも後半勝負を望んでいるのか?
フランスは強い。A代表同士が対戦することになれば間違いなく格上なのはフランスのほうだ。ワールドカップを2回制覇し数多くのタレントを擁している。
世界基準で見れば日本はまだ決勝トーナメントのベスト8進出にモタついている新興国--中堅の地位に甘んじているチームにすぎない。
だがこの17歳以下の大会において歴史や権威は通じない。
俺たちは強い。
相手選手が自分たちよりも大きかろうと強かろうと上手かろうと……日本のチームプレー、戦術、そして個人技は間違いなく通じている。
現在行われている準決勝、既にビッグクラブから注目されているタレントがそろっている強豪フランス代表を下し、もう一つのセミファイナルから勝ち上がってくる相手--今から数時間後に行われるブラジル代表対オランダ代表の勝者を下す。
日本サッカー男子史上初の名誉--世界一の称号を手にいれる。これが今の俺の生きている目的だ。
フランスのターン。
フランスのトップ下が中央突破を狙う。ヴァイタルエリア、FWを壁役に使ったワンツー。そのパス交換を日本のセンターバックが読んでいた。長い足を伸ばしカット。
そのとき俺--音羽リュウジは気づいた。
時がきたと。
DFが敵陣に跳ね返したクリアボールをフランスのボランチが追いかける。
漆黒の肌をしたこの選手のわきに日本の青いユニフォームを着た選手の影が。
日本のMF、右インサイドハーフの彼が獣じみたアジリティで追いつき、
真横からかっさらう形でボールに先に触れた!
ピッチに転がったフランス選手が主審に笛を求めるがプレーは続行。
ボールは日本のセンターフォワード--俺の元に転がってくる。センターサークル内でタッチ、反転。ゴールまで60メートルもない。
俺は中央のレーンで前をむいた。俺から見て前方にディフェンスが3人、左真横に味方が1人。3対2の状況。
並走する日本の左ウィング--清水が俺にむかって叫ぶ。
「リュウジ! 前前前だ!」
わかっている。
自分をドリブラーだと思ったことはない。俺はストライカー。ゴールこそ命。ドリブラーなのは今俺に指示をだした清水のほうだ。
だがここでパスの選択肢はありえない。このままゴールまで一直線に、
侵撃。
細かいタッチ、しかしボールを運ぶスピードは落とさない。このカウンターアタックは俺と清水だけで成立させる(攻撃の基本はカウンター)。
俺についた2人は抜かれることを嫌がり距離を保つ。
左手に俺と横並びになって走るDF、
もう1人のDFはロングシュートを警戒しその奥でコースを消している。
いいだろう。
2タッチ分進む。
ペナルティエリア手前、シュートレンジに入る。
このままぶち抜いて一人で決めてしまうか?
DFたちが襲いかかってくる直前、
今!
俺はDFの合間をとおすラストパス。
ここまで囮の役割をこなし続けてきた左前方の清水に送る。オフサイドはない。日本の背番号11は落ち着いたトラップ、しかし、
GKが光速の寄せを見せる。
その巨体でフランスのゴールマウスをふさいだ。
さらにもう1人のDFがファーサイド、身体でシュートを止めようとする動き。
ゴールエリア左隅、距離は近いが角度がない。
だがこの攻撃は失敗には終わらない。俺はここまで読んでいた。
日本のウィングは無理筋なシュートを選ばずマイナスのグラウンダーのクロス、ゴール手前まで走っていた俺への『ラストパス』を選択。
俺はゴール前、完全にフリーな状況でそのボールを待ち受けた。
マークしていたDFを完全に剥がしている。
DFの認知をハックしたのだ。
俺が『偽の』ラストパスを出した直後わざと大きなフォロースルーを入れコンマ1秒足を止めているのを見て→清水の動きを確認し(ボールウォッチャー)→俺が『真の』ラストパスを受けるエリアに一人でたどりつく。
あとは無人の状態となったゴール右側に流しこむだけ。威力など必要ない。シュートではなくゴールへパスを選べばいいだけ。
決着。
後方からきこえてきた味方の叫び声。俺はその選手の存在に気づく直前ピッチになぎ倒された。
激しい痛みに耐えながらもがく。苦し紛れに左足を振る。ない、ボールがない。
先に触れられた? 戻ってきたこいつに?
前方に転がったボールを、ゴールラインまであと1メートルという位置でフランスのDFがインステップキックで蹴りだした。スタンドまでとどくような大きなクリアだ。
先に起き上がったフランスのボランチに腕をつかまれた。何事か喚いている。俺は黙って立ち上がり、スタジアムの電光掲示板に眼をやる。
リプレイ、一度日本のMFに倒されたこの長身ボランチが立ち上がり、そこから重力を感じさせない加速、懸命に戻り、俺がリターンパスを受ける直前、ショルダータックルでボールを奪われた。
フランスの守りはGKと3人のDF、そしてボランチの計5人。
5人目の選手の介入に気づけなかった。それこそが俺の敗因。
またなのか?
ペナルティエリアで倒されたが笛は鳴らない。VARの対象にもならないプレーだった(そんなことは気にしていない)。
引き返していく清水が俺にむかって親指を突き立てるジェスチャーをした。『チャンスをシュートにつなげたいいプレー』だったと。
俺は多分、苦々しい表情をしているだろう。今のが90分間のゲームで最初で最後のシュートチャンスだったかもしれない。それくらい今日の試合はタフなものになる。
(パス交換という手順を踏んでしまったから追いつかれた。もう少し早いタイミングで清水にボールを渡しシュートを撃たせるべきだったか、あるいは俺がそのままミドルを狙えば良かったのか? 後ろで味方がコーチングしていたのにきこえなかった。いや……)
そんな後悔をしている暇は試合中にはない。ミスは忘れろ。
確かに相手は強い。日本ではそうそう体感できないサイズのプレイヤーがゴロゴロいる。
異人種特有の優れたフィジカルだとか、ゲームの勝負所をわかっているとか、マリーシア、整備された攻守の戦術だとか、そういった事柄は大会を通じ毎試合実感している。
でもそういう問題ではないのだ。
俺が言いたいのは日本サッカー界あるあるの『日本のサッカーは遅れている、弱い、世界一への道のりは遠く厳しい』みたいな悩みを抱えているわけではない。
なにしろ劣っているのは俺一人だからだ。
このチームは強い。左右のウィングはここまでゴールを量産し大会得点ランキングの1位の座を争っている。
中盤はバランサーとチャンスメーカー、そしてハードワーカー。プレースタイルの異なる3人のMFたちが大会を通してよりシステムの完成度を高めている。
そしてGKに4バック。今のところ5試合でわずか3失点、クリーンシート3回は鉄壁を超えた鉄壁。
日本の基本陣形、4-3-3プラスGKうち1人、センターフォワードの俺だけが満足のいく結果を残せていない。
なにせここまで全試合に先発出場しメキシコ戦まで385分もピッチに居続けながら、奪った唯一の得点がたった1ゴール。これは笑うしかない。
それもPKなのだ。対オーストラリア戦、5点差のリードを6点差に広げる状況で蹴らせてもらったペナルティキックによる得点のみ。
チャンスはつくれるのだ。いいポジションはとれているからパスはくる。トラップして思ったとおりの位置にコントロールできる。そこまではいい。
だがフィニッシュが上手くいかない。
シュートが枠を外れる。ポストを叩く。
敵にブロックされる。味方にぶつかってしまう。
それどころかシュートがネットを揺らしてもオフサイドの判定。
そして相手ゴールキーパーのありえないファインセーヴの数々……。
このチームについて一つ明らかなことは、俺はチームメイトたちに遅れをとっているということだ。
俺は疎外感をもっている。チームが大会を勝ち上がっている。躍進といっていいだろう。だが俺はフットボーラーとしてのアイデンティティを失いとまどっていた。試合に出続けながらもずっと。
……準決勝日本2-2フランス PK(5-4)
勝った。決勝進出。だが依然俺はノーゴールのままだった。
延長戦でも決着がつかずPK戦にまでもつれこんだ激闘だった。
だが俺は疲れてはいけない。やることがある。
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日本代表スターティングメンバー
ポジション及び背番号
清水(11) 音羽(15) WG
IH IH
AC
SB CB CB SB
GK
※選手の名前は少しずつ公開していきます。
次回からはもっと短い更新にするつもりです。
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