第42話光と影、魂の双子
「んにゅんにゅ……もっともっと大きくなりたいっす……」
テーブル突っ伏しながら、幸せそうに呟くありちゃん。
大量の肉とアルコールを詰め込んだ彼女の体は店を訪れる前より大きくなっているように見える。
「今日ありちゃんが食べた分を牛に変えたらどれだけになるんだろうな」
「はは……どうかな、牛って800キロくらいあるからなー……けど本当にすごい量食べてたよな」
たかしは100キロを優に超えるありちゃんの巨体をふわりと持ち上げると、座席の上で楽な姿勢になるように横たえた。
「あたけ、もうラストにするか」
さすがに酔いが回って来たのか、あたけも肉付きがよい方ではない頰をほんのりと赤く染めてる。
「いや、なんか調子良くってさ。もうちょっと飲んでもいいかな」
あたけは麦焼酎を煽りながら上機嫌で答えた。
「ああ」
たかしは生返事を返すと、スマホを取り出して支払い用のアプリの『ふわふわかきぴり支払い』を起動する。
『ふわふわかきぴり支払い』は現在ナンバーワンのシェアを誇るキャッシュレス決済だ。あの『がもがも』と比較して16倍近くのユーザーを得ており、その差はまさに圧倒的だ。
さらには業界屈指のポイント還元率を誇り、クレジットカードと併用すればポイント二重取りも出来る。
海賊のような衣装を着けたお笑い芸人の " 空木伝八郎(うつぎでんぱちろう)" が大きな樽の中に詰められて「ふーわふわ~の、ふわふわり~♪」と歌いながらくるくる回り、アイドルの " ミチェリちゃん " の「かきぴりーっ!」という掛け声と共にずどんと蹴っ飛ばされて南の島へとすっ飛んでいくCMでもおなじみだろう。
「なあたかし……」
「どうした?」
「お前さ、本当に良い奴だな」
「ん?ああ、ありちゃんもお前も良い奴だよ」
アプリのホーム画面では空木伝八郎とミチェリちゃんが動画でオノやチャクラムを振りまわしながらバナナを切ったり、ぬいぐるみにコブラツイストを掛けられたりと大はしゃぎしている。
どうやら今、ふわふわかきぴり支払いはポイント倍増キャンペーンを実施しているようだ。
その最高倍率は……なんと100倍。
1ポイント1円なので、うまく行けば100万円分のポイントがつく買い物で1億円をゲットできる。
たかしは迷わずクリックする。
「……あの、たかし、本当は俺……」
「……んん?」
あたけはスマホを覗き込んだままのたかしを前に、しばらく迷っているようだがやがて意を決して口を開く。
「あのさ……」
「大丈夫だ。ゆっくりでも」
するとあたけは深呼吸をして話を続けた。
「ごめん。たかしから見て、俺ってどう見えてるんだ?」
「……ん?どういうことだ?」
「いや、あ、あの……強さ的なことで……」
言葉を濁すあたけ。
たかしは目を伏せたまま再びジョッキを傾けてから答える。
「まあ」
たかしは続ける。
「普通の人間に見える」
「そうか……そうだよな……」
「でも」
「……」
スマホの画面ではポイント倍増キャンペーン用の抽選動画が再生されている。
ふわふわかきぴり支払いのマスコットキャラクター、どてらを着た猫の " どてらっきー " がおにぎりのような体型を揺らし、蜃気楼の中に突如として現れた黄金色に輝くピラミッドを探検する。
だが、すぐにどてらっきーはミイラに驚いてピラミッドから逃走してしまう。
ハズレだ。
イケメンだからといって常に幸運が舞い込むばかりとは限らないのだろう。
たかしは少しため息を吐く。
「お前が何の力もない普通の人間ならガンドライドに残っていることはできないし、すぐに排除されているはずだ」
「そっか……」
たかしの言葉にうっすらと苦笑いを浮かべると、あたけは再び麦焼酎をあおる。
「えっと、実はさ……俺の親父ってすげー借金してたらしいんだよ」
「……そうなのか」
「俺がガンドライドの構成員になったのって、借金のせいなんだよ。俺って親父に売られたようなもんなんだ」
「……」
「だから俺がガンドライドにいるのって、別に俺に何か秘められた力があるとかじゃなくてさ……」
「……そうか」
「ガンドライドもビビるよな。借金をチャラにする代わりに連れて来たヤツが、無能なカスなんだから……はは、人材難でも限度があるだろ」
「……」
「最初はガンドライドとかなんのことかよくわかんなかったし、毎日めちゃくちゃこき使われてさ。で、いつかは怪物との戦いに駆り出されて?そのまま死ぬまで戦わされるんだってわかって、なんていうか……すげーショックでさ」
「あたけ」
そこでたかしはようやく顔を上げると、あたけの目を見て答える。
「ガンドライドの魔女は俺の見えない物を見て、俺の知らないことを知っている。俺や俺の伯父さんが想像もできない力をお前の中に見出してても何らおかしくないはずだ」
あたけはわずかに首を持ち上げると、申し訳なさそうにかぶりを振った。
「そうかな……お前は知らないだろうけど、俺が訓練所で雑用してた時、ガンドライドから出る金なんてほんの僅かだったんだぞ」
「……」
「お前はどうだ?違うだろ?立場上は俺と同じ訓練生なのにスイートルームみたいな部屋をあてがわれて、毎月まとまった金が出てただろ?」
「……ああ」
「それで、お前に取り入ってからはどうだ?俺までいきなりこれまでの何倍もの金がもらえるようになったし、おまけの家の世話まで……すげーよな」
「……」
「あいつらお前と仲良く出来るかどうかで評価を変えやがったんだよ、俺のことなんかまったく見てないぞ」
「……」
「最初は無理にでも誰かを守るためだとか世界を救うとか思ってやってたけどさ……そっから俺ってなんなんだろうな……とか思っちゃってさ」
あたけはそこまで一気に話すと、疲れ切ったように黙り込んでしまった。
「……あたけ」
「……」
「話してくれてありがとうあたけ……俺は何も知らなかった」
「いいよ、愚痴みたいな、弱音みたいな話だからさ」
「そうか……」
あたけは視線をテーブルに落としたまま口を開く。
「……仲良くしてくれてありがとうな。むしろごめんな」
「何を言ってるんだ。あたけ、俺たちはチームだろ。お前のことは俺が守る」
「はは、お前良い奴だけど、やっぱりどこかズレてるよな……」
「……なあ、あたけ」
「ん?」
あたけは顔を上げ、きょとんとした顔でたかしを見つめる。
「ありちゃんが言ってたけど、やっぱり俺とお前は似ていると思う」
「どこがだよ」
「まあ……顔がとかじゃなくて、境遇というか魂のような何かが似てるんだ」
「はは、何だよそれ」
あたけは呆れたように頭を掻いて苦笑いを浮かべる。
「魂とか、お前ってそんなスピリチュアルなヤツだったのか?」
「……うまく言えないが、お前は伯父さんと出会う前の俺なんだ。俺が伯父さんや従姉妹との出会いで何もかも一変したように、お前も俺やありちゃんと出会ったことで何かが大きく変わりつつある」
「……だといいけどな」
「伯父さんですら今の俺の強さを予測できなかったように、お前も俺が予測できない力を持ってるかもしれない。お前は必ず強くなる。俺がそうだったようにな」
たかしとってあたけは影であり戻れぬ過去であり、一方であたけにとってたかしは光であり手の届かぬ未来であった。
「…………」
イケメンが言うとそれは真実になる。
俺とお前は似ている。
お前は必ず強くなる。
たかしの言葉は成就しつつある。
たかしは知らず、あたけも気づくこともない形ではあったが。
たかしとあたけは魂の双子だ。
似ているのにもかかわらず正反対だ。
たかしが太陽なら、あたけは闇だ。
太陽が不用意に近づく者をことごとく焼き尽くすのなら、闇は足を踏み入れたものの存在をすべて消し去っていく。
あたけの闇はまだまだ小さなものではあったが確実にその大きさを増しつつあった。
あたけは言う。
「買いかぶりすぎだって。まあ、そんな風に思ってくれるのはありがたいけどな……」
あたけはまた俯いてしまったが、それでもどこか嬉しそうだった。
「……よし」
そう呟くと、あたけは残っていた麦焼酎を飲み干して立ち上がる。
「さあ、帰ろうぜ」
「ん、ん、ああ……」
「……どうしたんだよたかし」
「あ、ありちゃんが起きそうにない」
「へ?」
「うぎゅうぎゅ、もっともっと食べるっす……ふぎゅ、あたしは最強になるっす……」
(まだ食べるつもりなのか……)
たかしが恐る恐る肩を揺さぶっても頬をぺちぺちしても、ありちゃんはよだれを垂らしながら体を丸めていびきをかくだけだった。
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