第29話ルナとルクス

「なんだその情けない踏み込みは!犬の糞でも踏んだのか!真面目にやれ!」


たかしの怒鳴り声を聞いてあたけは思う。


(たかしって戦闘訓練の時はやたらスパルタなんだよな……)


たかしは戦いで手を抜いたりはしない。


しかし、今の彼にとってこの戦いは子供にサッカーを教えるようなもので相手のために本気であっても、勝つために全力だというわけではない。


それでもルクスはたかしの動きにまったくついて行くことが出来なかった。


「はあっ、はあっ……がっ!う、うおっ!!」


その体捌きだけでルクスは派手に転がされ、容赦なく蹴りを入れられ、顔面へと次々に拳を叩き込まれる。


「が、がはっ……ぐっ、くそおっ!!」


泥に塗れ、血を流し、涙を滲ませ、しかしそれでも剣を地面に突き立てるとルクスは歯を食いしばって立ち上がった。


「ううあああっ!!」


そんなルクスとたかしの様子を見ながらあたけは考える。


(……まあ、たかしがこんな風に相手をしてやるくらいだから、あいつのことを殺すつもりは毛頭ないんだろうけどさ)


やがて力なく崩れ落ちそうになるルクスの体を支えると、たかしは満足そうにうなずいた。


「ルクス、忘れないでくれ。最後の前蹴りだ。あれが一番よかった」

「……ごほっ……げほっ……」


たかしはぐったりとうなだれたルクスをパンダの遊具に乗せると、女を優しく抱き起こし、その首に絡まっていたワイヤーをまるで古びた輪ゴムのようにぶちりと引き千切る。


「さて、半吸血鬼のお嬢さん、色々と質問したいことがあるんだが」

「黙れ!死ね!」


たかしの腕の中で女はカッと目を見開くと、隠し持っていたナイフをたかしの胸に突き刺そうと体を捻る。


「やるな」


そう言うとたかしはふわりと手首を押さえて、ナイフをもぎ取ると彼女の肩をしっかり抱き寄せる。そして女の瞳を見つめながら子供をあやすようににこりと微笑んだ。


「くそっ!化け物!お前のような化け物に話すことなどない!」

「本当にいい根性をしているな。お前のことをガンドライドにスカウトしたいくらいだ」


「……ガンドライドだと?」

「ああ、お前たちが吸血鬼を殺したいように俺たちも裂け目の怪物を根絶したいんだ」

「……」


「な、なあ……なんで半吸血鬼なのに吸血鬼を殺そうとしてんだよ?」


少し大人しくなった女に対してあたけが恐る恐る問いかけるとたかしが口を開く。


「お前はヴァンパイアハンターなんだろ」


「違う!黙れ!」

「え、なんで半吸血鬼がヴァンパイアハンターになったりするわけ?」

「半吸血鬼と呼ぶな!私はダンピールだ!」


「ダンピールというのが名前なんだな」


「違う!ルナだ!馬鹿にするな!」

「それは本名か?ずいぶんかわいらしい名前だな」

「黙れ!間違って言ってしまっただけだ!やめろ馬鹿!離せ!」


「へえ、ルナさんって言うんだ。俺はあたけ、よろしく」

「んんがあっ、あぐガガッ!」


ルナはたかしの腕に牙を立て、必死に逃げ出そうともがいているが文字通り歯が立たないようだ。


「くっ、くうっ!どうして無力化の毒が効いていないのだ!この化け物め!」


「お前の正体はヴァンパイアハンターのダンピールってことでいいのか?」

「言わず!教えず!悟らせず!それが対吸血鬼の三つの原則!」


「あのな、ルナ、俺は別に怒ってない。どちらかというとお前のことが気に入ってるんだ、少しだけでいいから俺と話をしてくれないか?」


「貴様!馴れ馴れしく私の名を!よくも!殺してやる!」


ルナはたかしの腕に噛みついたまま牙が折れそうな程に力を込めるも、たかしは顔色一つ変えないままだ。


「おい、歯が折れるぞ。お前もワイヤーの毒に触れてたんだろう、脆くなってるんじゃないのか?」

「解毒剤を飲んでいるに決まってるだろう!この馬鹿!馬鹿者め!」

「そうか、なら好きにしろ」


「たかし、ダンピールってどういう連中なの?」


「ギャアーッ!」

「おい、ルナよ、静かにしてくれ。これじゃ話が出来ないじゃないか」

「アー!アー!アー!」


「……」


たかしが無言でルナの首に腕を回してその頬を押さえると彼女の顔は般若からひょっとこへと変わる。


「うグッ、ぶむぅうぅー、ブウアーッ!」

「……ダンピールというのは人間と吸血鬼の間に産まれた連中のことだ……つまり半吸血鬼ということだが、しかしそう呼ばないのはこいつらなりのこだわりでもあるんだろうが……」


「へえ……つーかすげえ根性だよな……」

「んグッ!うぐーッ!」


「……俺たちガンドライドもこの女の姿勢については見習うべきだろうな。変にかっこつけたり、吸血鬼らしさに固執し過ぎるのも良くない」

「な、なあたかし……そろそろ話させてやった方がいいんじゃないか?」


「うーん……だが素直に何か教えてくれる感じではなさそうだけどな」


ルナは落ち着くどころか、たかしの腕の中でひょっとこにされたままたかしの目に爪を立てようとしたり、みぞおちに肘を叩き込もうとしたりと必死にもがき続けていた。


たかしは少し不機嫌そうに眉を寄せながら鷲掴みにしたルナの頬を左右に振ってみせる。


「……すまない。俺から話してもいいか」

「ん?」


いつの間にか目を覚ました大柄な男、ルクスがパンダの遊具に乗ったまま恐る恐る口を開く。


「ああ、いいぞ」

「感謝する……俺たちはあんたの察しの通り、ヴァンパイアハンターだ」

「ンガッ!ンブガガガッ!」


ルナはたかしに頬を掴まれたまま怒りに燃えた目でルクスを睨みつける。


「そうか、だがお前も半吸血鬼のようだが」

「……ヴァンパイアハンターの構成員は俺たちダンピールのような吸血鬼の血を引く者が少なからず存在している、人間や他の種族も多いが」


そう言うとルクスは後ろに結わえた茶色い髪を撫でつけながら自嘲気味に笑った。


「まあこの有様じゃヴァンパイアハンターなんて到底名乗れそうにないけどな」

「んんんウバアーッ!!」

「何故、吸血鬼を狩ろうとする?お前の親は吸血鬼なんだろ?」


「そうだ。でも、だからといって皆が親に愛されたり、望まれて生まれて来るわけじゃない。そう言った連中は生まれた時から呪われているんだ」

「……」


たかしが手を離すとルナは転がるようにたかしの手を振り払い、ナイフを拾い直して身構えた。


「ルナ、やめてくれ」


たかしが声をかけるもナイフを構えたルナは彼を睨みつけたままだ。


「我々の魂の半分は吸血鬼の血により闇の中に閉じ込められたままなのだ!この呪いを打ち破る為には吸血鬼の心臓を太陽の元へ引きずり出して焼き焦がし、灰にしてしまわなければならない!我々はその為に生きているのだ!」


「ルクスが言っている呪いというのはそういう意味じゃないんじゃないか?」

「やかましい!黙れ!知った風な口を利くな!この化け物め!」


「すまない。ルクス、話を続けてくれ」

「ああ……」


ルクスはルナの冷たい刃の行方を見つめたまま、少しためらいがちに話を続ける。

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