第25話イケメン、そしてエキゾーストヒート

「あたけ、悪いな。俺の方から誘ったのに時間を調整してもらって」


「いやいいよ。どうせ遅い時間しか予約取れなかったし、つーかお前こそ従姉妹さんのこと大丈夫だったのか?」

「ああ……まあな……」


たかしはあたけを伴い、駅前に訪れていた。


夕暮れ時の赤く染まった道を行き交う人々の流れは、老廃物を運ぶ赤血球のように忙しなく、どこに目をやっても落ち着きがない。


(15頭身くらいあるんじゃねえかコイツ……)


あたけがそんな風に錯覚してしまうのも無理はないだろう。


たかしはイケメンだ。

そのうえで美青年で、かつ美男子である。おまけに背が高く、肩幅も広くて、ムエタイの神話的達人だ。


絶え間なく吐き出される排気ガスのような暑苦しい人混み中で、たかしはこれでもかと言わんばかりの存在感を放っている。


もちろん彼が美しいのは以前からのことだったが、伯父さんの下で吸血鬼としての力を引き出してからというものその美しさにはますます磨きがかかり、かつ熟成されたような深みが加わっていた。


彼が立つ場所には薔薇が咲き乱れる。


ひとたび彼が登場すれば、たとえ汚物と血に塗れた戦場ですらも彼のその美と才覚を際立たせるための舞台装置にしかならない、そう言っても過言ではないだろう。


そんなたかしが、まだまだ人通りの多い夕暮れ時の駅前にやってきているということはどういうことになるか……。


「やばっ……イケメンやん……」

「何あれ……美の化身?あるいは、神?」

「オウ、カッコメン……」

「3D映像?」

「ほ……ふわぁ、あっ、あっ……」


人々は我を忘れ、たかしの美をなんとか形容しようとして知らず知らずのうちに口を開いてしまう。


しかし、その語彙の少なさと言語そのもの構造的制約に愕然としたり、あるいはそんなことを考える暇などないほどの圧倒的存在感の前に言葉を失い固まるしかなかった。


あたけは思う。


(大丈夫かよこいつら……)


だが、たかしはこんな状況にあってさえ何も感じていない。

彼のその表情は自信と余裕に満ち溢れているが、実際にはそう見えるだけで彼は何の感慨も抱いていない。


(……信号が青になったな)


一年前までは周囲から注目されることが理解できなかった彼も、今では自分がイケメンだということを自然と受け入れるようになっていた。

しかし、誰もが自分を振り返って見ることに対して、彼が酔いしれるようなことはなかった。


たかしの美しき佇まいに人々が足を止め、羨望や嫉妬の眼差しを向けて感嘆や称賛の声を漏らそうとも、そして時に心をかき乱されて運命を呪う言葉を吐こうとも彼の耳には届かない。


それは遠い星々の瞬きやその公転軌道のようなもので、たかしにとっては制御することも出来なければそうする意味も見当たらないものだからだ。


「さて……」


たかしが歩くと、あたけは彼に続いて駅前から離れるように歩き出す。


(い、いや、でもイケメンだからっておかしいよな……)


あたけがそう思うのも無理はないだろう。


女の子たちが潤んだ瞳でたかしを見つめるくらいならどうということはない。


男ですらたかしが通り過ぎると魂を奪われてしまったかのように放心状態で立ち尽くしてしまうことだって、まあ分かると言えば分かる。


だけど、たかしを見た途端に野良猫がまたたびを吸ったみたいに悶えるのはおかしいだろう。


枯れ果てて項垂れていたはずのヒマワリがいつの間にか青々とした葉を広げて、たかしを一目見ようと首を持ち上げているのは見間違いでないなら不思議を通り越して不気味ですらある。


この季節には存在しないはずの渡り鳥たちがたかしの行く先の空をぐるぐる舞っているのも変だし、先ほどたかしの目の前を横切ったものが絶滅したはずのフクロオオカミだなんて、そんな馬鹿なことがあるはずがない。


これはもはや人智に収まらない現象ではないか。


明らかにたかしを一目見ようと集まっている老夫婦たちが手を取り合いながら咽び泣いている。


「私たちの星から見えたあの美しい光は彼だったのか……」

「この数百年の旅は無駄じゃなかったんですね」

「ああ……ありがとうございます神様……」


そんな会話を聞いているとあたけは頭がくらくらしてくる。


(なんかやべえ薬キメたみたいだよな……つーか、たかしってこれが日常なのか?)


こいつは一体何なんだ……?


まるでアイドル……いや、完全にそんなものは超越している存在だろう。イケメンだとかそれ以前の問題だ。


たかしが歩くと人込みが勝手に避けていき、その先には道が生まれるだとか、先ほど沈んだはずの太陽がたかしの姿を煌々と照らし出しているだとか、そんなことはもはやあたけにとって些細なことでしかなかった。

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