第14話たかしとあたけ、そしてありちゃん

数週間後、たかしは秘密結社『ガンドライド』の一員となるべく訓練と下働きに明け暮れていた。


ガンドライドは、古代の ”毒を吐く裂け目” の戦乱において、数百年にわたり ”裂け目の怪物” と戦い続けた東の地の魔女たちの末裔が設立した怪物討伐のための地下組織だという。


しかし、たかしにとってガンドライドの起源だとか裂け目がどうだのといった話はどうでもいいことだ。


彼にとって必要なのは自分の力を試すことの出来る場所と実戦経験であり、そのためには伯父さんの口利きだけで潜り込めるガンドライドが手っ取り早かっただけだった。


とはいえ、たかしが訓練と下働きに勤しんでいられたのは最初の数日だけのこと。

たかしのことは組織の中であっという間に噂になってしまった。


イケメン、美男子、美青年、それから美形、二枚目、眉目秀麗、容姿端麗、貴公子に王子様……あるいはたか様など。


『志方多加志(しかたたかし)は美しい』


ただそれだけを表現するために組織の中で数多くの言葉が費やされたが、それは彼の外見だけでなく内面についても同じことが言えるようだった。

たかしは誰に対しても分け隔てなく接し、常に笑顔を絶やすことはなかったからだ。


それは目の前の彼に対しても……。


「……たかしはすげえな。俺なんか全然だめだ」

「あたけ、大丈夫だ。お前も吸血鬼なんだろ?きっとすぐに強くなる」


たかしの言葉には不思議な説得力があった。


イケメンが言うならばそれは真実になる。

なぜならそれがイケメンというものだからだ。


たかしは目の前の青年を励まし、彼もまたそれに励まされていた。


「ああ、そうだ……俺も吸血鬼だからな」


あたけは自分に言い聞かせるように呟く。


髪を紫色に染め、緑色の丸眼鏡を掛けた吸血鬼の青年、その名は『あたけ』。

不思議なことに彼の力は普通の人間とさして変わらなかった。


しかし、たかしはあたけがどれだけ弱かろうが組織での評価が低かろうが一切気にしなかった。

なぜなら今やたかしにとって自分こそ特別であり、他の者の力など無価値なものでしかなかったからだ。


「俺は一年で今のように強くなった。あたけ、お前にもできる」

「一年か……」


たかしとあたけが仲良くなった頃、たかしの外見が組織の中で騒がれることはなくなっていた。

もちろん、たかしを上回るイケメンが登場してしまったわけではない。


『志方多加志(しかたたかし)は恐ろしく強い』


その能力が外見に関する評価を塗り替えてしまったからだ。組織の者は誰もがたかしの持つ力に一目置くようになっていた。

たかしの評価は今はまだ地方のそのまた下部組織の中にとどまるものの、近い将来、大陸にある中央本部へと昇格するだろうともっぱらの噂になっていた。


そして、たかしがガンドライドで頭角を現し始めたある日のこと、組織は突然たかしに宣言した。


「たかし、君に任せたい地域がある。君にはリーダーとしてそこでチームを運営し、その手腕を存分に発揮してほしい」

「わかりました」


たかしは自信満々に答える。


選ばれた存在である自分がリーダーとなる、それは当然のことだと思っていたからだ。

一年前に死を望んだ気弱な青年はもういない。

今の彼には、自分の能力を試せる場所さえあればそれでよかった。


たかしは口を開く。


「ひとつお願いがあります。どうしてもメンバーに加えたい人物がいるのですが、その許可を頂けますでしょうか?」

「ほう……君がそこまで入れ込むとは珍しいな。いいだろう、連れていくがいい」


「ありがとうございます」


こうしてたかしは、ガンドライドの新たなる拠点である地方都市へと向かうのであった。


⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰


昼なお薄暗く、人通りのない路地裏の雑居ビル。


古びたマヨネーズのような色合いのそのみすぼらしいビルは、外から一見しただけでも中の狭さと汚らしさが容易に想像できた。

経年劣化も酷く、外付けの階段は錆と蜘蛛の巣で覆われ、路地を挟んだ向かいの道をトラックが通っただけで薄い窓ガラスはギシギシと揺れ、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。


ビルの二階の部屋には大小様々な段ボール箱が乱雑に積まれており、壁には大きなコルクボードが張り付けられていた。


そんな部屋の中でたかしはピシっとしたスーツを着て、二人の男女と何やら話し込んでいる。


一人は髪の毛の色を紫に染め、眉の上で一直線に切り揃えられたマッシュヘアに緑色の丸眼鏡が特徴的な青年。


そして、もう一人は肩までのクリーム色のウルフカットに白い肌、オリーブ色の瞳を持つ筋肉質な長身の女性だ。


どちらもまだ若く、見た目から判断するとたかしと同年齢か年下といったところだろうか。


「うっす!先輩、よろしくお願いしまっす!」

「たかし!やっぱりリーダーはお前しかいないよ!」


二人はこの新天地にてたかしのチームメンバーとなり、これからはたかしの指示に従って行動することになるらしい。


薄汚い小さな雑居ビルに部下はたったの二人。

普通ならあり得ない人事となっていたが、人材難のガンドライドのそのまた地方支部にとっては仕方のないことだ。


それに今のたかしにとっては大したことではない。

なぜなら、たかしにはチャンスさえあればそれで良かったからだ。


「うっす!半吸血鬼のたけし先輩!ちょーかっけーす!」

「たかしだ。よろしくな」


きらきらとした尊敬のまなざしをたかしに送るウルフカットの女は、たかしの後輩である人狼の『ありちゃん』だ。


たかしはありちゃんに向かい、静かに口角を上げて魅力的な笑顔を作りだす。そうすればどんな女でも簡単にコントロールできるとたかしは知っていたのだ。


そしてそれは、ありちゃんにも効果絶大だった。


「はいっす!一生ついていくっすよ~♪」


鼻歌交じりにたかしにすり寄るありちゃんを見て、紫色の髪を持つ吸血鬼の『あたけ』は眉をひそめる。


(けっ……こいつは俺と同じのはずなのに)


あたけには大いなる野望があった。

訓練生時代にいち早くたかしに目をつけて、媚びを売り続けたのもそのためだ。


あたけの野望、それは……モテることだった。


たかしの側にいれば女の子と知り合いになれる、そう思ったからこそあたけはたかしとつるんでいた。

もちろん、たかしといると女の子が寄ってくる。もちろん、あたけを慕ってではなくたかしを目当てにしてだ。


そう、あたけを慕ってではなく。


(くそ!なんで二回も指摘されなきゃいけないんだ……)


あたけは唸る。


ここからどうすれば上手くいくのか、女の子と仲良くなれるのか。

あたけはたかしとありちゃんが抱き合っている様子を嫉妬丸出しで眺めていた。


「えっ!!」


……抱き合っている!?


あいつら!?


抱き合っている!!


なぜだ!?

い、いつそんな関係に!?


あたけが混乱していると、不意にありちゃんがこちらを向いた。


まずい、バレたか?

あたけは慌てて視線をそらすが、ありちゃんはにこにこと微笑みながらあたけに近づくと両手を広げた。


「うっす!あたけ先輩!あたしとハグするっすよ~!」

「へっ、えっ?えっ!?」

「うっす!はい、ぎゅうう~~っ!」


「うっ、うほぉっ!?ど、どうも……」


あたけは困惑しながらもありちゃんの太い腕に抱き締められて嬉しさを隠しきれず頬が緩む。

愛らしいありちゃんの笑顔が目の前いっぱいに広がり、生命力に満ち溢れたはち切れんばかりの大きな膨らみがあたけの体に押し付けられた。


(お、俺……この子のことが宇宙で一番好きかもしれない……)


あたけの恋がはじまった瞬間だった。


「うっす!たかし先輩にあたけ先輩と仲良くするように言われたっす!」

「あ、う、うん……」


あたけは上の空で返事を返す。


柔らかさと力強さにサンドされ、どこかワイルドな甘い香りに包まれたたあたけの耳にはもはや何も聞こえていなかった。


今あたけの頭の中にあるのはただひとつ、この幸せをいつまでも味わっていたい、それだけだった。


「これからもよろしくっすね!あたけ先輩♪」

「……ああ、お、俺……俺も……」

「うっす!」


こうしてたかし、あたけ、ありちゃんの三人が揃い、ガンドライドの新たなるチームがここに誕生したのであった。


「俺たちはチームだ、誰にも負けない最強のな」

「うっす!」


「ああ……」


たかしの言葉にありちゃんは力強く返事を返し、あたけはぼんやりと答える。


(俺、ここに来てよかった……)


しっかりしろあたけ!

女心を弄ぶ、悪いたかしを倒すのだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る