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 利之は一人暮らしで家に帰宅しても誰もいなく寂しいからなのか、それともそういう性格なのかは分からないのだが、撮影が終わってからも直ぐに帰宅する事はない。 そう他のスタッフや俳優さん達に挨拶をしてから帰っていた。


 利之は今日も未だに一生懸命仕事をしているスタッフさんの所へと向かいつつ、いつものように挨拶をしていると普段は見掛けない人物がいる事に気付いたようだ。 


 そう利之というのは、こうスタッフさんにも帰る時には声を掛けているのだから、気付いたのであろう。 しかも不思議な事にその人物はスタッフさんかと思われたのだが、今は利之からして座って後ろ姿で屈んでいる姿からしても現代のような服装ではないように思える。


 こう袴姿にコートを軽く羽織った感じで、昔有名だった文豪達と変わらない格好と言ったらいいだろうか。 現代は洋服が主流であるのだから。 本当に袴姿で、その現場にいたら、相当浮くに決まっている。 そして今回のドラマでは現代ドラマなのだから昔の日本人が着ていた袴衣装ではなかった筈だ。


 それだから、そんな姿をしている人物を背後から首を傾げてまで見てしまっていたのである。


 もしかしたら、ただのスタッフなのかもしれない。 現代において服装なんて自由な位なのだから。


 そう、今日はたまたま昔の文豪風な格好で仕事に来たかったのかもしれないのだから。


 利之はその人物に声を掛ける事にしたようだ。 そう利之の場合には撮影が終わったんならスタッフにも挨拶しているからであろう。


「あの……今日はお疲れ様でした」


 利之がその謎のスタッフに声を掛けると、いつものように営業スマイルでその人物を見つめる。


 すると、その人物は利之の声に自分に声を掛けられている事に気付いたのか、利之の方に顔を上げるのだ。


 そこで二人は目をパチクリと繰り返し、お互いを見詰める事数秒。 急に走り出したのは袴姿の人物だ。


 無意識だったのであろうか人間っていうのは逃げる物をつい追い掛けてしまう所がある。 利之はついつい気付いた時には、その人物を追い掛けてしまっていたようだ。


 さっき撮影していた場所というのはそんなに人混みではなかったのだが、その袴姿の人物が走って行ってしまった所というのは完全に人混みで、こう人々の中を掻き分け、時にはぶつかりそうになりながらも避けて何故か利之はその人物を追い掛けてしまっていた。


 周りにいる人々もまた袴姿の人物や利之の事を見る人達はいたものの、都会の人間というのは本当に他人には全く興味が無いのか、振り向くだけでその袴姿の人物と有名人が走っている事に気付いてないようにも思える。 それだけ現代人というのは他人には興味がないという事だろう。


 例えそれが袴姿で都会の中の人混みを走り抜けていたとしても、コスプレしてる人物が走っているようにしか見えないからなのかもしれない。


 暫くその二人は追いかけっこをしていたのだが、先に走り出した袴姿の男性の方はもう息も上がり足も限界が来たのか、人気が無いような路地へと入り込むと、そこはもう行き止まりだったようで肩呼吸を繰り返しながら足を止めてしまっていた。


 またその後走って来た利之も両手を膝へと付け、利之の方も肩呼吸を繰り返し呼吸を整える。


 そしてその荒い呼吸を繰り返しながら、利之は言葉を発するのだった。


「……はぁ……はぁ……ってさぁ、あそこからお前は逃げて来た……って、はぁ……はぁ……お前、誰だよ……現場のスタッフじゃ……ないんだろ?」


 勿論この冬で乾燥してる中走って来たのだから、喉は乾き喉の奥で喉元が引っ付いてしまっているのにも関わらず利之はその人物に話し掛けるのだ。

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