7.幽霊

■9月某日===第3次停戦記念碑上空



「ミナミ、寄り道するところってここか?」


「ありがとう、ウミヘビ」


 私は機体を地面に降ろす。もうしばらく誰も来ていないのだろう。ブースターの噴射で土埃が舞う。


「あっおい待て無防備だぞ」


「大丈夫。どうせ誰もここに来ない」


 記念碑にはたくさんの名前が刻まれている。それは停戦を進めた英雄と両国の国家を動かしていた幹部たちの名前だ。


 そして、その名前の全てに、横一文字に貫く傷が刻まれている。


「ふふ、何度来ても慣れないや」


「……この臭い」


「あれ、降りてきたの?」


 ウミヘビは袖で口元を隠しながらも、それでも防ぎきれぬ臭いに顔を顰めている。無理もない。


「誰の墓だ?」


「誰だろう」


 カラスが土を掘り起こすように啄んでいる場所から、ひときわ濃い臭いが漂ってくる。


「知らねえって顔じゃねえだろお前」


「知らない、名前すら。ただ彼女が何をやり遂げたのか見に来ただけ」


 記念碑に再び近づく。そして連なる名前たちの最後に1つ、刻まれた名前とは違い、赤黒く変色した何かで書かれた文字を見つける。



373



「はぁ。残念」


「何がだ?おい、早くこんなとこからオサラバしてお嬢のおつかいを済ませようぜ」


「ウミヘビ、もしかして怖い?」


「ふ、不快なだけだ。この臭いも、何十年だか前の意味のない記念碑も」


「まあ確かに、不気味」


 記念碑は単調な三角柱で、まるで槍のようだ。きっと高速で撃ち出せばVORXの機体ごと貫けるだろうに……。そうだ、メカニックの人に相談してみようかな。


「おい、おいてくぞ」


「了解。すぐ行く」


 逃げるように飛び立ったウミヘビの後を追って、私も飛び立つ。その際に蒸したブーストで、屍を跡形もなく焼き消す。


「化けて出たりしないでよね」


『おい、なんか言ったか?」


「なんでもない。目的地に急ごう」


 上空に上がってから更に一段階スピードを上げる。記念碑はすぐに見えなくなってしまった。



○☓△□



 今回の任務は単純で、通信の不安定になっている地域の調査だ。現に3部隊ほど歩兵を送り込んだらしいが、そのいずれも連絡が途絶えているらしい。

 1つ救いがあるとすれば、通信が繋がる瞬間がまだあることか。否、繋がっているからこそ私達が駆り出されたのだから、私にとっては不幸だ。


『もうすぐ最後の発信地点だ』


「了解。武装セーフティは解除?」


『ああ、ここから先は敵地扱いだとよ』


「わかった。セーフティ解除、各部武器と通信確認」


 今回は左手にss社SMG、右にaf重工のAR。両肩には人員輸送用のコンテナを積んでいる。輸送人員保護を口実に装甲や衝撃吸収機構をこれでもかと積んでいるため、輸送キャパのわりに合わない大きさをしている。

 そしてこのコンテナだが、お嬢様特製ということもあり、今回は実証試験も兼ねている。普段特に運転に気をつけたことがないものだから、これに人を載せて運ぶというのが普通に不安で仕方がない。


「これで輸送任務も2回目か」


『はは、そんな呑気なもんなら構わないんだがな』


「……どういうこと?」


『うちの節制家のお嬢が、俺たち2人とかいう現状最強戦力を楽な任務に向かわせると思うか?』


「……嘘。ブリーフィングでは危険な情報はないって」


『危険な情報はないな。なぜなら敵地扱いされるような土地で一切の情報が遮断されているからな』


「通信してきている部隊は?」


『これは勘だが、ありゃ罠だ。目的は分からないが』


「なにそれ。そんな状況で私を連れてきたわけ」


『お前ならどんな敵相手でも問題ないだろ』


「実体があればね」


『幽霊は今のところ見たことない。大丈夫だ』


「じゃあこれから見るかもね」


 急制動から右へターン、直後鳴り響くアラート音。通り過ぎるエネルギーの塊。


「ビーム兵器は禁止されたんじゃなかった?」


 木々の切れ間から覗く銃口が、動いた。


『避けろ白翼!』


「あんなの当たらない。それよりウミヘビ、もう一機居る」


 片手間に避けながら、もう一体を探る。


「ウィズ、起きてる?」


「もちろんだよ。でも見つからないんだよね。居ることは確かにわかるんだけど」


『ゆ、幽霊』


「初めての幽霊相手、譲ろうか?」


『結構だ!それで、どうする?』


「私は幽霊をやる。ウミヘビはあの違法兵器持ちを頼める?」


『分かったが、どうやってあぶり出すんだ?』


「それは……こう」


 ブースターを停止。機体が落下運動を始める。3...2...1……再点火。


 銃口は動かない。私を射程に捉えられなくなった時点で標的を変えたようだ。


 急速に近づく地面から、何かが飛び出してくる。それは長い長い槍のようだ。


「あれ、生きてたんだ」


『……ザッ……ザザッ……』


「ミナミ?知り合いなの?」


「敢えて言うなら知らない。ただお世話になった事があるだけかな」


「あっ通信繋がったよ」


『白翼。お前のせいでワタシは』


 ブツリと通信が切れる。ウィズが切ったようだ。


「ねぇミナミ。本当に知り合いじゃないの?なんかすっごく怖い声で呼んでるけど」


「落ち着いてウィズ。私は白翼なんて名前じゃない。ウミヘビが勝手に呼んでるだけ」


「でも明らかにこっちに殺意を向けてるよ!」


 敵機はラウンドシールドに大きなスピア、そして肩には自動操縦の攻撃ドローンが積んである。


「やっと機体識別できた。嘘……、機体処分済み?」


「登録なんていくらでも改竄できる。ほら、来るよ」


 真っ直ぐな刺突。避けるのは簡単だ。こんな機体構成が『英雄』なのだとしたら、英雄に負けるようなVORX乗りはいない。


「ウィズ、戦闘記録データは削除しておいて」


「どうして?」


「困るから」


 単調な突きを繰り返す槍を掴み、機体を回転させて奪い取る。


「槍はこう使うの」


 右腕、左腕、次は脚。丁寧に制御系統を貫いていく。


「仕上げにこう」


 コクピットの位置というのは機体によって千差万別であり、機密情報として扱われる。しかし、それでも大抵は胸部にあることは周知の事実だ。

 そして、かの『英雄』と同じ機体となれば、コクピットの位置を知らないVORX乗りはいないだろう。


 奪い取った槍で相手を貫く。手応えというものは正直感じない。ただ、目の前の機体が動作を停止したのを見るに、とどめを刺せたのだろう。


「随分とやりの扱いに慣れているんだね」


「昔とった杵柄ってやつだよ。さて、ウミヘビを助けに行かないと」


 敵は二人いた。今後も増援がないとは言い切れない。私は槍を投げ捨てて、未だ戦闘音のする方へと飛び立った。

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