VORX乗りの少女@内地で平穏に暮らしたい

畑渚

1.テスト機輸送任務

■9月某日ーーークリスタルスパイン山脈空域



『こちらP1、感度良好。異常なし。どうぞ』


『こちらHQ、順調だな。さすがはお嬢のお墨付きだ』


『こちらP1、ただ操縦桿を握ってるだけさ。全部AI様がやってくれるからな』


『便利な世の中だ。そういえば新人ちゃんの様子はどうだ』


『なに、静かなもんですよ。ただ俺にはわかるね。あいつはMですよ』


『おい、セクハラだぞP1』


『そっちじゃねえっすよ。パイロットとしてですよ』


『マニュアル操縦者か……そいつは珍しい』


「まあ、あっちの操縦桿も握ってもらいてえですけどね。見てくれは高級車にも見劣らねえですし」


『おいP1やめろ。このログは録音されているんだぞ』


『なぁに、どうせ問題が起きなけりゃ廃棄っすよ』


『はぁ……。まあこんなやつだが許してやってくれ。腕は確かなんだ。P2?聞こえているか?』


「P2、問題なし」


 私はボソッとそう返す。まったくどうしてこうもまた、こういう奴らばかり生き残るのだろうか。


 肩まで伸びた横髪をくるくると指で弄りながら、レーダーを眺める。警戒区域はもう抜けており、あとは積荷を目的地に送り届けるだけだ。


『こちらA1A2、指定空域につき一時離脱する』


『P1P2了解、また頼むぜ』


 両脇についていた護衛戦闘機たちが離れていく。


「P1、どういうこと?」


『知らなかったのか?ここは非武装地帯だとかで攻撃機は侵入できないんだ』


「事前ブリーフィングでは説明を受けていない」


『そういえばそうか。もう何度も通っているから当たり前になっちまってるんだよ』


「私がもし敵側の傭兵なら……襲うなら今」


『非武装地帯だから敵が居たらすぐにわかるさ。現にレーダーでも……』


 直感的に操縦桿を右に傾ける。直後通り抜ける光と熱。そしてシステムAIの叫び、アラート音。


『おいおいおい!無事かP2!』


「左エンジン出力低下、機体バランス悪化、AI試算によると墜落回避不可能……」


『くそ!どこから撃ってきやがった!?』


「AI試算は?」


『だめだ!山脈地帯だから地形取得が困難だとよ!!』


「このポンコツ……!」


『すまねえが俺は引き返す。お嬢の命が最優先だ。地獄で会おう!』


「ああもう……どうしてこうなるの!」


 恨み言の一つでも突きつけたいところだが、そうも言ってられない。操縦サポートAIを完全シャットダウンしてスイッチ類をオンにする。


「姿勢復帰すら無理?エンジン出力調整、ラダーを……破損!?ああもう、ボコボコ!」


 身体に染み付いたカビ臭いやり方で輸送機の制御を奪い取る。しかしアナログ計器類に表示されるのは墜落の二文字。


「えっと……そう、脱出!」


 積み荷は仕方がないだろう。この際私の命が優先だ。幸いなことに『お嬢様』とかいうあっちの積み荷と違って、こっちは無機物。金と時間が解決してくれるだろう。


 側部の扉を緊急開放し、空に身を投げる。制御を失った輸送機は、そのまま自由落下運動を始める。


「ああもう、散々だな!!!」


 だが、悲劇はそこで終わらなかった。


「……嘘でしょ」


 展開したパラシュートが、撃ち抜かれた。複数の穴で強度が落ちたパラシュートは、その機能を完全に失った。


「ああもう!また転落死!?誰か……!」


 P1の助けは期待できない。他に無線に繋がる人間もいない。まさに神頼みだ。


 思えば散々な第二生だった。いや、今回の人生では生きているとすら言えない地獄ではあったが、ようやく解放されたというのにまた死ぬのか。


『……ザザッ』


「P1?」


 無線機のノイズがはしる。死にかけの私への最後のメッセージだろうか。

 諦めてパラシュートバッグを外し、腕を広げる。風を受けて幾分か減速するものの、即死に変わりはない。


『……ザザッ』


「なに、嘲笑ってるの?」


『ザッ……ザザッ』


 ただのノイズ。そう思って無線機のスイッチに手を伸ばしたその瞬間――


『救って欲しい?』


――知らない声がした。

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