第9話 孤児院への訪問
それから三日後。私たちは、王都の外れにある孤児院へと向かっていた。
親を亡くしたり、捨てられたりした子供たちの慰問のためと、王都を囲う結界から少しだけ外れているので、孤児院まで結界を広げるという目的もあった。
孤児院までは馬車で小一時間ほどだ。エルネストと私は二人で馬車に乗り、クロードは馬に騎乗して護衛をしてくれていた。
「ねえ、最近機嫌が悪くない?」
「そんなことない」
「そんなことあるわよ。たまにジトッとした目で見てくるし、私のことをレティシア
そう、このところエルネストの様子がおかしいのだ。
図書室で高いところにある本を取ろうと爪先立ちになっていたところを、クロードがやって来て取ってくれたのだが、エルネストが何やら物言いたげにこちらを見てくるし、クロードの背中に糸くずが付いていたので取ってあげて、笑顔でお礼を言われたら、なぜかエルネストが仏頂面になった。
挙げ句に、私のことを二人きりの時も「レティシアさん」なんてよそよそしい呼び方をして、絶対に変だ。
まさか私が裏切るのではと疑っているのだろうか。
「ねえ、私はエルネストを裏切ったりしないわよ」
「……そんなことは分かってるよ。分かってるけど……」
分かってるけど、何だと言うのか。
……もしかして、秘密を知っている仲間が取られたような気がして、拗ねているのだろうか?
「……もしかして、拗ねてるの?」
「なっ、そんな訳ない! 拗ねてなんて、ない……」
拗ねている訳ではないと言いながらも、心なしか顔が赤くなっているように見える。
まったく、素直じゃないんだから。
「仕方ないわね。これから、私のことをレティって呼んでもいいわ。エルネストだけ特別よ」
「……なんだよ、それ。……じゃあ、俺のこともエルって呼んでもいい」
「分かったわ、エル」
「…………レティ」
伏し目がちにそう言うエルネストがとても可愛く見えて、私は思わず微笑んでしまった。
◇◇◇
そうこうしている内に、やっと孤児院に到着した。
馬車から降りると、孤児院の院長さんや子供たちが賑やかに出迎えてくれた。
「聖女様。こんな場所までお越しくださって、本当にありがとうございます」
「わあ! 聖女様だ!」
「すっごく綺麗! お姫様みたい!」
「出迎えていただいて、ありがとうございます。今日はよろしくお願いしますね」
エルネストがにっこりと微笑むと、子供たちはすっかり舞い上がって、私が案内するんだ、いや俺だ、などと案内役が取り合いになっていた。
「みんなで一緒に行きましょうね」
「はいっ、聖女様!」
エルネストは意外に子供の扱いが上手なようだ。年少の男の子と女の子と手を繋ぎ、周りを他の子供たちに囲まれながら孤児院の中へと入っていく。私はクロードと一緒に後をついていった。
孤児院の中へとお邪魔すると、まずは院長さんの部屋へと案内された。子供たちは大部屋で遊んで、エルネストが来てくれるのを待っているようだ。
院長さんは、ふくよかな中年の女性で、話し方もおっとりとしていて、とても優しそうだ。
「このような王都の端まで来ていただいて、ありがとうございます。今日はこの孤児院まで結界を広げてくださるのですよね」
「ええ、子供たちに何かあっては大変ですから」
王都を囲う結界は、魔獣が襲ってくるのを防ぐためのものだ。
魔獣は森や洞窟などで発生する瘴気を長く浴びた生き物が変異し凶暴化したもので、町や村にやって来て人を襲うことがあるのだ。
エルネストが張る結界は、そうした魔獣を寄せ付けない壁となる効果があった。
「一番陽当たりのいいお部屋で祈らせてください」
「それでは、二階の南向きの部屋がよさそうですわね。ご案内いたします」
院長さんに案内されて入った部屋は、東と南の壁に大きな窓があり、たっぷりと日光が入って暖かく明るい部屋だった。
「それでは、始めます」
エルネストがロザリオを握りしめ、祈りを捧げる。そして日光にかざすようにロザリオを掲げると、清らかな光が溢れ出してパアッと弾けて散った。
「今、結界の境界線を広げましたので、これでこちらの孤児院も結界で守られるようになります」
「これが聖女様の御業……! なんと感謝を申し上げればいいか……!」
院長さんは初めて目にした聖なる力に感動したせいか、胸元で組んだ手がぷるぷると震えている。
私もエルネストの力は神殿で何度も見ているが、それでもやはり、その神聖さにいつも胸がいっぱいになってしまうのだから、仕方ないだろう。
「いえ、無事に終わってよかったです。では、子供たちと一緒に遊びましょうか」
聖女様を待ってくれている子供たちのために、そのまま大部屋へと向かうことにしたのだが──。
「あ、すみません! 子供たちへのお土産を馬車の中に置いたままでした。ちょっと取りに行ってきますので、先に子供たちと遊んでいてください」
今日は子供たちのために、いくつかおもちゃや本などを持ってきていたのだが、うっかり馬車に置いてきてしまったのに気がついた。
「では、私も手伝おう」
クロードが申し出てくれ、確かに一人でお土産を持ってくるのは大変だと思い、一緒に行ってもらうことにした。
ちらりとエルネストの方を見てみると、若干眉間にシワが寄っていたものの許してくれた。
さっき馬車の中で仲直りしたおかげかもしれない。よかったよかった。
「ありがとう。助かるわ」
クロードと一緒に馬車に戻ると、床の上にお土産の入った袋が置きっぱなしになっていた。
「あったわ!」
本が入った少し重い方をクロードに持ってもらい、私はぬいぐるみやお人形が入った軽い方の袋を持った。
そして、早く子供たちに渡してあげなくちゃと思いながら、馬車から戻ろうとした時、孤児院の納屋の中から、犬の唸り声が聞こえた気がした。
「クロード、ここの孤児院はきっと犬を飼っているわ」
「え? 犬?」
「ええ、今、犬の声が聞こえたの。ほら、あそこの納屋から……」
そう言って納屋の方を指差すと、入口から姿を現したのは──両眼が真っ赤に染まり、長く鋭い牙が剥き出しになった、犬のような姿の生き物だった。
「あれは……魔獣だ」
「ま、魔獣!? どうして、結界を張ったはずなのに……」
「おそらく、すでにここに入り込んでいたのだろう」
クロードは持っていた袋を地面に置き、腰に佩いた剣を抜くと、私を庇うように前へと出た。
「レティシア、魔獣を刺激しないよう、ゆっくりと建物に入るんだ」
魔獣を牽制して、私が逃げる隙を作ってくれているが、私は初めて見た魔獣の恐ろしさに、なかなか動き出すことができない。
なんとか建物に向かって歩き出したが、足がもつれて転んでしまった。
その瞬間、魔獣が待ち構えていたかのように、私をめがけ凄まじい速度で襲いかかってきた──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます