第4話 聖女様の力
聖女様のお部屋の扉の前。私は息を整えると、コンコンと軽くノックした。
「聖女様。本日から侍女を務めますレティシアでございます」
「ああ、レティシア。どうぞ入って」
聖女様の許可をいただいて部屋に入ると、聖女様はソファに腰掛けて読書されているところだった。
「……『古代の兵法と近代の戦術』?」
なにやら聖女様には似つかわしくない、物騒な本を読んでいる。いや、聖女様は戦で傷ついた騎士たちを癒すこともあるのだから、彼らを理解するために興味のない分野も勉強なさっているのだろう。
「この本、すごく面白くて」
……違った。普通に興味があって読んでいるようだ。
「コホン、聖女様。本日から私がお世話をいたしますので、何なりとお申し付けくださいませ」
「ふふ、色々お願いしますね」
聖女様が小首を傾げて笑うと、なぜかぞわりと鳥肌が立った。
窓から入ってきた風のせいだろうか。今日はぽかぽかといい陽気なのにおかしいな、と不思議に思っていたら、聖女様が本を閉じて立ち上がった。
「そろそろ朝の祈祷の時間なので、祈祷の間までついて来てください」
「はい、承知しました。では、準備いたします」
私は、部屋の奥の棚に飾られていた、白百合の繊細な意匠が入ったケースを持ってきた。この中に祈祷用のロザリオが納められているのだ。
「では、行きましょう」
しずしずと歩まれる聖女様のお側に侍って、朝の勤めへと向かう。
中庭を抜け、長い廊下を進んだ大神殿の最奥にあるのが祈祷の間だ。
到着すると、扉の前にいた神官が重厚な扉を押し開けて、聖女様と私を中へと通した。
アンナさんに案内してもらった時は、扉の前までだったので、中に入るのは初めてだ。
聖女様の後ろで恐る恐る中を見渡すと、そこは床も壁も天井も真っ白な空間だった。
奥には石造りの豪奢な祭壇があり、高いアーチ状の天井に作られた大きな窓から明るい光が差し込んで、部屋全体が神々しい雰囲気に包まれていた。
私はケースからロザリオを取り出して聖女様に恭しく手渡した。
ロザリオを手にした聖女様が祭壇へと向かい、大理石の床を歩く足音が、コツコツと規則正しく響く。
祭壇の前に着いた聖女様は、その場で跪き、ロザリオを握りしめて一心に祈り始めた。
すると、祭壇の聖光神レイエル様の彫像が掲げていた宝玉に色とりどりの光が集まり、まばゆく輝き始めた。
七色の光はやがて白一色になって広がり始め、祈祷の間を包み込むと、弾けたように広がって消えていった。
……すごい。これが王都全体を守護するという聖女様の結界……。
聖女様を疑っていた訳ではないが、このような奇跡が本当に存在するのを目の当たりにして、私はひたすら敬虔な気持ちになっていた。
しばらくすると、聖女様がこちらへ戻ってきて、ロザリオを私に手渡された。
丁重に受け取ってケースにしまおうとして、私はあることに気がついた。
「手の赤切れが治ってる……? というか、肌ツヤまでよくなってる……?」
何ということだろう。あんなに荒れていた私の手が、爪の先まで丸っとツヤツヤのピカピカになっているではないか。
まるで水仕事なんてただの一度もしたことのない深窓の令嬢のようだ。
「ああ、結界を張るついでに、あなたにサービス。これからお世話になりますからね」
結界を張る重要なお仕事のついでに、そんなことをしてもいいのかという疑問はあるが、私の赤切れた手を気にして癒してくださるなんて、お優しい方だ……。
「ご親切にありがとうございます。誠心誠意、お仕えいたします」
私がお辞儀をしてお礼を伝えると、聖女様は口角を上げてにっこりと微笑んだ。
「さあ、朝の祈祷も終わったことだし、部屋に戻りましょう」
そうして聖女様のお部屋に戻ると、聖女様はまた読書を始め、私は備品の場所を覚えがてら、部屋の片付けをして過ごした。
そんなこんなで、あっという間に日が暮れて、気付けば夕食の時間になった。
聖女様はいつもご自分の部屋で食事をとられるので、昼食の時と同じように、部屋まで配膳された料理をテーブルに並べる。
ちなみに、ありがたいことに、今日は歓迎会も兼ねて一緒に食事を取るようお誘いいただいたので、私の分も同じテーブルに並べてある。
「聖女様、夕食の準備が整いました。丸パンに白身魚のムニエルと、じゃがいものポタージュでございます」
「ありがとう。美味しそう! 温かいうちにいただきましょう」
聖光神レイエル様に祈りを捧げると、聖女様が果実水の入ったグラスを掲げた。
「レティシア、神殿へようこそ! これからずっとお世話してもらいたいから、逃げたりしないでね」
「そんな、逃げるなど……。至らないところもあるかと思いますが、お役に立てるよう頑張ります」
「はは、その言葉を聞けてよかったよ。じゃあ、レティシアを信頼して話すけど……」
そんな風に、先ほどまでとは打って変わって、急に砕けた口調になった聖女様は、続けて恐るべきことを口にした。
「私……じゃなくて、俺、本当は男なんだ」
「…………は?」
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