魔の対立論争⑦
「一応案内してきたけど、本当に牢屋へ入るのか?」
牢屋は魔王城の地下深くにあり、元々魔界は薄暗いため光がほとんど入ってこない。 年中発光している吸血ホタルを入れた瓶がそこかしこに置かれているがそれだけ。
更に有事なんてしばらくなかったため牢屋には他に誰もいないのだ。 犯罪者などはまた別のところに捕まえられている。
「へー。 割と広くて落ち着きそうな場所」
「暗くてジメジメしているんだが、人間はこういう場所を好むのか?」
「いや、そういうわけじゃないさ。 ただ静かなところが気に入った、っていう感じかな。 人間の街へ戻って王様とかにこき使われる方が嫌だから」
「・・・そうか」
確かにエヴァンの言う通りかなり広い造りとなっている。 ただ広いだけでこの空間にいたいかと問われればアシュリーは否だと思えた。
そのようなところへ嬉しそうに入るエヴァンを見ていると妙な気分になる。
「ん、どうかしたのか?」
「・・・別に」
エヴァンを置いて空いた時間を使い仲間のもとへと向かった。 そして事が落ち着く頃には正午が過ぎていた。
―――もう昼食の時間か。
食堂は既に魔族で賑わっていた。 自分も列に並びながら思い出す。
―――そう言えばエヴァンの食べる分がないよな。
―――俺がもう一度並ぶのも変な目で見られそうだし・・・。
ということでアシュリーは自分の分を受け取ると、そのお盆を持ったままエヴァンのいる牢屋へと向かった。
「お? 誰だー? もしかして俺を魔族に入れる算段がついたのか!?」
エヴァンの期待が混じるような声。
「俺だ。 残念ながらまだ議論は終わっていない。 ・・・というより、終わらないだろうな」
「アシュリーか! まぁあの様子じゃそうなっちまうよな」
「あぁ。 相変わらず無駄な議論と多数決をやっているさ」
「アシュリーも大変だな。 でもそうなると静かだから気に入ったとは言ったものの、ずっとここにいるっていうわけにもいかないか。 腹も減ってきたし」
そこでエヴァンの視線がアシュリーの手元へといく。
「それは?」
「エヴァンの分。 持ってきた」
「マジで!? つか何この色ッ!!」
今日のメニューはドクニンジンのスープに山盛りの具材を入れた人気メニューだ。 絵具をぶちまけたような紫色にトッピングに入れた新鮮な蠢く幼虫たち。
人間界ではおおよそ食事とは言えない類の見た目だが魔界では日常的に食されている。
「栄養たっぷりでおかわりを求める声が一番多い料理だ。 よかったじゃないか、いいタイミングで」
お盆を牢屋の前に置いた。
「美味いのか、これ・・・?」
「流石に人間界と魔界では食べるものが違うだろうけど、味覚は一緒なんじゃないか?」
エヴァンはスプーンと器を牢屋の外から受け取る。
「ど、どうか俺の口に合ってくれ・・・!」
恐る恐る口にする。 エヴァンは身震いしていた。 一口食べた後の表情から口に合わなかったとアシュリーでも分かった。
「こんなもの魔族は毎日食ってんの!?」
「まぁ、そうだな」
「うわぁ、俺ここで過ごせるかなぁ・・・」
「本気でここに住む気なのか?」
「強いだけで将来や生活を縛られる人間界へ戻るくらいならね」
「ふぅん。 それよりまだ一口しか食っていないじゃないか。 そんなに不味かったのか、これ・・・?」
このスープはアシュリーにとっても好物だ。 それを否定され少し悲しい気持ちになった。
「悪いけど食文化は受け入れられそうにないわ・・・。 街を眺めていた感じ、食べられそうなものもあったような気がしたんだけどな。
そうだ、聞きたいんだけど本当にここにいる兵士っていつもあんな感じなのか?」
「真面目過ぎるから訓練は毎日怠らない。 だけど日常はいつも討論しているな」
「それで毎回意見が真っ二つに分かれるって?」
「あぁ」
「毎日言い争わないといけないとか大変そうだな・・・。 でも意見が真っ二つに分かれるのが原因だろ」
「だから俺は兵士の人数を奇数にすればいいと思った。 だけどいい配置をするには偶数の方がいいんだと」
「へぇ・・・」
話していると兵士の一人の声が聞こえてきた。
「アシュリー! 緊急事態だから来てくれー!!」
求められてはいるがどうにも行く気にはなれない。
「どうした? 行ってこいよ」
「・・・そうだな」
「行きたくないのか?」
「どうせいつもの無駄な討論で、俺がいないと多数決ができないっていうだけのつまらない話だろ」
「あぁ、さっき言っていた感じのヤツか。 ただ不思議なのは議論がずっと終わらないと、議題が溜まっていくばかりだろうにそういった様子が見えないことか」
「・・・確かに」
言われてみれば、議論が終わらず次の議題が来れば前の議題は放置され次に移っていた。 そうなると何も決まらずここまで来ているはずだが、いつの間にか何となく道筋は立っていたような気がする。
―――不思議だけど、考えても仕方ないか。
エヴァンがほとんど食べなかったお盆を持ちアシュリーは牢屋を後にした。
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