魔の対立論争③




ただあくまで声にやる気がないのはアシュリーが感じただけで、他の面々はあまり気にした様子はない。 勇者が来たということに意識が捕らわれているようだった。


「勇者が来てしまったじゃないか!!」

「今の議論が全て無駄になった!!」

「とりあえず皆急げ!!」


悪態をつきながらも皆門へと急いだ。 流石に会議は続けていられないが、かといって迎え撃とうとしているわけでもない。 どこか中途半端な様相にアシュリーは溜め息が漏れる。


―――緊急事態になってもいつも通りの光景だ。

―――逆に緊張が解れてしまった。


それでもアシュリーもその後を追った。 着くと門番二人が勇者であろう人の前を立ち塞いでいた。 門番は武器を向けているが勇者は腰に差した剣を抜く気配はない。

それどころか両手を頭の上に上げていて敵意がまるで感じられなかった。


―――特に攻撃を仕掛けてくる様子はないな。

―――争わないで済むならそれがいいんだけど。


「遅れてすまない。 お前が人間の勇者か?」


尋ねるとポーッとした表情で返事をしてきた。


「そうですけど、ここが魔王城で合っています?」

「・・・そうだが?」

「よかったー! じゃあ俺はこれで! もう自分の街へ帰りますね!」


笑顔でそう言って引き返そうとする。 魔族兵士の頭の上にハテナが浮かんだのは仕方のないことだっただろう。

勇者が危険だと魔族は認識しているわけではないが、種族が違う以上簡単に分かり合えるはずもない。 見れば勇者は魔族とは明らかに見た目が違い、何となく背中にざわざわとしたものを感じる。

なのに彼は何もせずただ帰るというのだ。


―――一体何をしに来たんだ・・・?


勇者の自由な行動に呆気にとられていたが、すぐハッとした様子で兵士は行動に移した。


「ちょ、ちょっと待った!! 簡単に帰すわけにはいかないぞ」


兵士が勇者を外ぐるりと囲む。 意気揚々と帰ろうとしていた勇者だったが、それを見て降参といったように両手を上げていた。


「あー、待った待った。 見ての通り俺は戦う気なんてない。 武器はただここへ来るまでの護身用として持ってきただけなんだ」

「そんな見るからに大層な剣がか!? ならどうしてここへ来た?」

「魔界は人間にとって危険な場所だし、護身用として適切だろ? とにかく話すと長くなるし、何も聞かずに大人しく帰らせてくれよ」

「敵同士だからそうはいかない」

「ここで無駄に時間を使いたくないんだけどなぁ・・・。 そもそも敵同士っていうこともないんじゃないか? まぁそうは言っても俺も普通に『魔王を倒してこい』って言われたんだけどさ。

 ただあくまで言われてきただけで俺にそのつもりはない。 これでいいか?」

「「「・・・」」」

「一応ちゃんと魔族と顔を合わせたっていう証明がほしかったからここまで来たんだ。 いや、もし聞かれたら『戦ったけど追い払った』とでも言ってくれればいい。

 俺も『魔族たちは強くて一人じゃ太刀打ちできなかった。 もう少し俺には鍛錬が必要だ』って王様には報告するからさ!」


笑顔でそう発言する勇者に嘘はなさそうだった。 兵士同士は顔を見合わせる。 これでは先程の会議は完全に意味をなさない。


「ほら、これで当分争いは起きないんだぞ? WINWINな条件じゃないか!!」


兵士は困惑していた。 確かに嘘は言っていなさそうだが、想像していた勇者とあまりにも違い過ぎる。 このようなことなら敵意丸出しで攻めてきてくれた方が余程対処しやすい。

とはいえ魔族だって悪戯に血を流すなんてことはしたくないのが事実だ。


「・・・俺たちが話に聞いていた勇者とは随分と違うな」

「他の勇者がどんな人だったのかは授業でよく聞いていないから分からないけど」


魔族は長生きだが、以前勇者がやってきた時に居合わせた者は一人も生まれていなかった。 知識として前の勇者を知っているが、これ程やる気のない勇者は初めてだろう。

兵士はそれでも立ち尽くしていると同情を訴えるように勇者が言った。


「いや、よく考えてくれよ。 どうして俺が一番強いからって戦争に行かせるんだ? しかもたった一人で!!」

「それは知らんが・・・」

「おかしいだろ!? 人間の英雄として祭り上げるなら相応の対応と誠意っていうものとかさぁ。 はぁー、本当なら今頃二度寝してふかし芋でも食っているのに・・・」

「「「・・・」」」


どうやら本当に戦争する気はないらしい。 ただ人間という別の種族であるにもかかわらず、たった一人で魔王城までやってきたということが実力を証明している。

魔族だってここへ来るには色々と危険な道のりがあることは重々承知しているのだ。


―――やる気はなさそうだが、もしかしたらとてつもない力を秘めているのかもしれない・・・。

―――油断はできないな。


憤慨していた勇者だったが胸の内を一頻り吐き出すと再び笑顔になって言った。


「そうだ! 魔族って勇者みたいなポジションはないんだろ?」


いくつかの魔族の集団を統治する長のような者はいるが、彼らは別の集団を作って過ごしている。 現在魔王城で一番強く偉い存在は魔王でそれ以外はほぼ同じだった。

何も答えずにいるとそれを肯定と取ったようだ。


「ならさ! 俺を魔族に入れてくれよ!!」

「「「はぁ!?」」」


それは突拍子もない提案だった。



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