茜川の柿の木後日譚――姉の夢、僕の願い 【ノーマルエンド】
永倉圭夏
口づけと桜と悪夢
第1話 姉と、口づけ
春も盛り、桜の季節。そろそろ石割桜も開花するだろう。僕たちは桜の木の下で向き合っていた。
そしてとかく問題なのは目の前のこの人物。姉。
高校のブレザーを着た姉は後ろ手を組み、頬を紅潮させいたずらっぽい顔をして上目遣いに僕を見つめている。
姉は一年の秋に高校を中退していた。姉は期待を込めた眼でずっと学ラン姿の僕を見つめている。
「ねえ、どうするの?」
「えっ」
姉は一歩踏み出す。病気のせいなのか中一の僕よりずっと背の低い姉は、僕を見上げてまるで今日の桜の花びらのような笑顔を見せる。
「もう、聞いてなかったんだ」
僕を見上げ、なぜかどこかしら得意気な顔の姉はさらに半歩踏み出す。姉のブレザーと僕の学ランが軽く触れあう。その接触だけで僕は息を呑んだ。顔が赤くなったのが自分でも判る。
「じゃ、も一回言うね」
「いや、いいですいいです、やめて姉さんやめて聞きたくない」
これまでで最大級の嫌な予感がする。しかし、慌てる僕の抗議を完璧にスルーした姉は笑顔で眼を閉じて僕に死の宣告をする。
「キス、して」
本当に死ぬかと思った。心臓が喉から飛び出るようなショックを受ける。驚愕の表情で姉を見つめた。
「……だめだ」
「どうして?」
姉は僕の両袖を優しく掴む。
「どうして?」
「どうしてもだよ。普通の
「姉ちゃんとゆーくんは特別。特別な姉弟だからいいんだよ?」
「いやだ……」
姉の眼がキラリと光った。
「へえ、いやなんだ。でもほんとにいやなの? ねえ」
いや。いやなのか。僕は本当に姉とキスするのがそんなにいやなのか。僕は、本当は、本当の僕は…… 僕の喉がゴクリと鳴った。
脚が悪いはずの姉がすっと爪先立つと、僕の眼の前に姉の顔が近づく。堪え切れず僕はそっと姉の背に両腕を回してしまった。胸と胸が触れ合う。姉の鼓動を感じる。それは僕のよりずっと早いものだった。姉を抱き締めたまままた僕は姉の耳元で絞り出すような声で囁く。
「だめなんだ……」
「聞き飽きたよ」
姉も甘い声で囁き返す。その蠱惑的とさえ言える響きに僕は背筋が凍った。改めて姉の顔を正面から見つめる。紅潮した姉の表情はどこか陶然としていて僕を待ち受けている。僕はゆっくり姉の顔に自分の顔を近づけた。
数瞬後、また僕たちは見つめ合う。僕は後悔の念に苛まれた表情だったと思う。一方で充たされた笑顔の姉。その美しい微笑みに僕の胸は潰されそうなほど息苦しくなる。
「ありがと。これでもう姉ちゃん――」
姉は突然崩れ落ちた。
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