但馬汐村

陽炎 綾

2013年8月14日20:13

 夏の夜風にのって雨粒が窓ガラスにあたる音は気味が悪い。

 無数の人間が死から逃れるように、今にもヒビを入れてこちらに入ってきそうでならない。

 大学の受験勉強のしすぎで卑屈になっているのだろうか。

『夏を制する者は受験を制する!』と、誰が言い始めたのか。

 不安を煽る言葉にまんまと乗った私は、夏休み返上で勉学に励む。

 机上のスマートフォンが鳴り響く。メッセージではなく電話のようで、何度も揺れ動いている。

 画面を見ると同級生の雄太郎からだった。しかも珍しくテレビ電話でかかってきている。彼からの電話は正直面倒だと思いながらも、出ない方が後からだるくなるので、しぶしぶ通話ボタンを押した。

「お!やっとでたか!」

 やや低く早口にしゃべる雰囲気はいつもの雄太郎だ。

「おう、こんな時間にどうした?」

「あのさ、今どこにいると思う?」

 ああ、やっぱり面倒な感じだ。これは長くかかりそうだ。

 電話の後ろでは数人が談笑している声が聞こえ、女の声もする。

「外にいるのか?でも雨は降っていないみたいだな。花火大会はまだだしなあ……」

「はい、時間切れー!今は但馬汐村たましおむらにいます!」

「あー、なんだっけ?」

「もう忘れたのかよ?心霊スポットだよ!この前話したろ?お前怖がってほとんど聞いてなかったんだっけ」

 そういえば夏休み前に話していた気がする。確かオカルト好きな梨花が、真理から聞いた話とかなんとか。

 もともとそういう類の話は苦手だったので、ほとんどスルーしており、内容はよく覚えていない。

 それよりも驚いたのは、梨花と真理はバスケ部の正樹先輩のことを取り合って喧嘩していたのに、いつの間にか仲良く話をするなんて女というのはよくわからないと思ったのだった。

 昔からのなじみで俺と雄太郎と珠美で、梨花と正樹先輩をくっつけるため色々と工作したのだが、結局長くは続かなかったらしいが。

「そんでよ、どうせお前は怖がって来ないと思ったから、珠美と梨花と正樹先輩と来てるんだよ」

「え?正樹先輩と梨花って別れたんじゃなかったのか?」

「はあ、お前なあ……別れたからもう二度と一緒に遊ばないなんてことはないんだよ。それに正樹先輩じゃないと車ないし」

 恋愛経験の浅い自分には理解しがたい話だ。

「それで?何の電話なんだこれは?」

「あぁ、もしかしたら仲間外れにされて寂しいとか思ってないかなってよ。みんなでかけてみようぜなったんだよ」

「そりゃありがたいね」

「だろ?ほら見て見ろ、真っ暗でよめっちゃ怖いぞ」

 テレビ電話に映し出される村の様子は真っ暗でよくわからないが、梨花たちが少し遠くでライトやランタンを持っているので、それぞれの顔だけぼんやりと見えて怖かった。

「本当に真っ暗だな。みんなの顔くらいしか見えないぞ」

「そうかあ、肉眼だと村の建物とか畑とか見えるんだけどなあ」

「そもそもここって何で心霊スポットとして有名なんだ?」

「あー、なんだっけな。おーい、梨花。ここって何で有名なんだっけ?」

 雄太郎が梨花を呼ぶが返事が返ってこない。

「ん?どうした?」

「あ、いや。返事しなくてよ。ちょいちょい、梨花……」

 雄太郎が近づいて梨花に話しかけたその時、スマートフォンの画面にランタンの光で照らされて、赤黒く染められた梨花の胸元が映し出された。

「うわあ!な、なんだよ……これ」

「雄太郎!なにがあったんだ?!おい!」

「梨花が!ああああ!」

 雄太郎が転んだ衝撃でスマートフォンの映像が乱れ、画面が正常に戻ると、ライトに照らされた正樹先輩と珠美の首が映った。

「わあ!」

 あまりの衝撃的な映像にスマートフォンを床に落とし、椅子から転げ落ちてしまった。

 スマートフォンを拾おうとすると、知らない男の声が聞こえてきた。

「こんばんは。淳君。渚淳君。みなさん但馬汐村に来てくれたのに、今日は何か用事でもあったんですか?」

 電話口の声は中年の男性のようだが、やはり聞き覚えがない。

「あ、もしかして受験勉強でしょうか?『夏を制する者は受験を制する!』でしたかね?でも、受験勉強も根詰めすぎるとよくないと聞きます」

 どうしてこの人物は自分のことを知っているんだろうか。

「だから、私の友人が迎えに行きますね。待っていてください。場所は真理さんから聞いておりますので」

 そう告げると電話はぷつりと切れた。

 スマートフォンの画面は真っ暗になっている。

 突如訪れた静寂。

 窓の外の雨粒の音が一層大きくなった気がする。

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