英雄は世界を救った後に恋をした

薊野きい

龍の姫を連れ出すまで

これから

 この世界の生ある者達は、秩序と混沌の二つに大別される。俺は秩序側に属する人族だ。

 神話では、二柱の神が俺達を使い世界を賭けて遊戯をしているのだとか。なんとも迷惑な話である。


「——終わったんだな」


 混沌の軍勢を率いていた厄災の一柱『国破りの雄牛』。その巨体の上に『旗振り勇者』リュカが、力なく座り込んだ。ただでさえ幸薄い顔は、疲労が滲み出ているが、どこか晴れやかだ。


「まあ、半数には逃げられたがな」


 リュカの隣で水平線、魔物達の逃亡先。海の向こうの魔界を見据えているのは、『紅剣こうけん』エイデンだ。


 エイデンが余計なことを言ったせいでリュカの眉が不安そうに歪む。どう見ても勇者と呼ばれる者のそれではない。


「……安心しろよ、リュカ。しばらくは何も出来やしないさ」


 『蔓纏い』ことおれ、アセビはそんな能天気なことを口にし、グッと伸びをする。こうやって気を抜くのは何年ぶりだろう。


 抜きすぎて、思わずそのまま動かなくなった厄災の上で横になる。続いて、ふわあと欠伸をした。あえて噛み殺さずに大きく大きくだ。


「ぷっ」


「先程まで死闘を繰り広げていた奴とは思えんな」


 リュカが吹き出し、エイデンも釣られて微笑を浮かべた。


「お前達が連れて来なきゃ、今までもずっとこうしてだらだらしている予定だったさ」


 好きなだけ魔術書を読み、好きなだけ研究し、魔力が尽きるまで魔術を放ち、泥のように眠る。


 こいつらがおれを無理矢理あのボロ小屋から連れ出さなければ、そんな勤勉とも怠惰とも取れない生活を死ぬまで続けていただろう。

 それが今では世界を救った英雄の一人だ。


 ただまあ——、


「なかなかどうして、悪くないと思えるんだよなあ」


 独白のつもりが声に出ていたらしく、二人が「ああ」と同意の声を漏らした。


 苦しかったではなく、楽しかったの終わりが感じられた。


 ——ああ、終わってしまうんだ。


 何故だか感傷的になってしまう。いい歳して情けない話だ。



 ◇


「……二人はこれからどうするんだ?」


 しばらく経ち、戦いの後始末が終わったのか、宴会の準備が始められた辺りでリュカが尋ねてきた。


「私は改めてクロエと籍を入れて少しゆっくりするつもりだ」


 クロエは、おれ達と旅した仲間の一人だ。しかし、半年程前にエイデンの子を身籠り最後の戦いには参加していない。


「ちゃっかりしてんなこの王子は」


 おれが茶化すとエイデンは、照れ臭そうに頬をかく。

 タメ口をきいているが、エイデンは我が国の第二王子。リュカは地方とはいえ貴族だ。


「そんでリュカはお姫様と上手くいってるらしいし」


 お姫様改めソフィアは、エイデンの妹であり第一王女。そして、彼女も旅の仲間である。


 少しシスコン気味なエイデンの目付きが鋭くなったがきっと気のせいだ。


 こうしてみるとおれだけ驚く程場違いな気がする。少し魔術に長けているだけで所詮おれは庶民だ。

 旅が終わればこの仲間達とも気安く会えなくなるだろう。


「で、アセビはどうするんだ」


 どうにかエイデンを落ち着けたリュカが、話を振ってくる。


「さあな」


「さあなって」


「考えてもみなかったんだ。仕方ないだろう?」


 空腹を煽る香りが鼻腔をくすぐるので、おれは上半身を起こした。


 見ると二人は、困ったように笑っている。「また、こいつは」とでも言いたげだ。


「御三方、食事の用意ができましたよ」


 下からお姫様の呼ぶ声が聞こえたので立ち上がる。


「ほら、行くぞ」


 おれは後ろの二人にそれだけ言って視線を前に戻し、違和感を感じた。

 視界がやけに低いのだ。


「お、おい、アセビ……」


「お前……」


 後ろの二人が、困惑した声を上げた為、振り返る。


 背丈は同じ位だったはずだが、二人の頭が一個分上にある。


 まさかと思い顔全体を手で触れると、戦いの最中伸び放題だった無精髭が、全て消えている。加えて、二十三歳にしては肌がやけにすべすべだ。


 慌てて魔術を使い呼び出した鏡。そこに映る自身の姿を見て、おれは力が抜け立っていられずその場に崩れ落ちた。


「なんで、どうして」


 発せられた声は、普段よりもやや高い。本当におれの咽喉から出ているか疑ってしまう。


 陸に上げられた魚のように口がパクパクと動くだけでその先の言葉が出てこない。


「若返ってる?」


 リュカが代弁して口にする。


「まさか、最後私達を庇って喰らった呪いのせい……?」


 確かに逃亡した厄災の内の一柱『黒の巫女』が、リュカ達に向け呪いらしき物を放ったのを庇った。しかし、常におれは魔力障壁を展開している。


 ——もし、アレの扱う呪いが、魔力障壁で防げない物だったとしたら。


 ——もし、このまま若返り続けるとしたら。


 嫌な予感に背中が粟立ち、全身から冷や汗が吹き出す。


 何ともないと思っていたが、逃亡した厄災の一柱は、どうやらとんでもない土産を置いていったらしい。

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