第15話 つくば科学万博の思い出

 たしか中学生だったと思います。家族みんなで見に行きました。

 大阪万博は私が産まれるちょっと前なので、当然記憶にはありませんが、つくば科学万博は覚えています。

 愛知万博は行ってないので、モリゾーとキッコロしかしりません


 第二次ベビーブーマーにとっては、つくば科学万博でしょう。

 筑波山のふもと、当時は何もないイナカだったと覚えてます。

 東京教育大学が移転して筑波大学になるという話は聞いていました。

 今、筑波大学付属の高校は、昔は東京教育大学付属高校と言っていた覚えがあります。


 残念ながら、どのような展示があったかは明確には覚えていませんが、遊園地気分だったのでしょう。


 ソ連館には大きなレーニン像があったような覚えがあり、ソ連の宇宙開発や、外科手術などの展示があったと思います。

 医学の展示物があったと覚えているのは、そのパソコンがPC-100だったのではということからです。

PC-100は日本電気発売の機種では異色で、京セラが作っていたからと後で知りました。

マウスが付いていて、GUIを想定した機種だったようですが、日本電気のMS-DOS全盛時代に早すぎたと思いました


実はアメリカ館の記憶があまり無いんですが、宇宙開発だったようです。

スペースシャトルの説明とか大気圏突入に耐える耐熱パネルとかだったでしょうか


イギリス館は、首相専用のジャガーのリムジンが置いてあったのを覚えています。


つくばまではつくばエクスプレスがちょっと前に開業して便利になりました。


この頃、科学技術立国として設立された第一号が筑波大学だったと思います。東京教育大学の後継大学より理系のイメージですね。インテルもつくばに事務所をかつて持っていました。


戦後、産業界の養成があって高度人材育成のための早期教育機関として全国に工業高等専門学校が設立され、科学技術大学二校、豊橋技術科学大学と長岡技術科学大学が設立され、前者は自動車機械産業、後者は半導体産業の中心機関として産業界に貢献しています。

このつくば科学万博が、現在も日本が世界でもっとも競争力の持つ分野の先駆けになったと思います



つくばエクスプレスは成長著しいですが、長岡科学技術大学には、最寄りの鉄道(越後交通)と駅(上富岡)があったのですが、あっさりと大学開学前に旅客輸送廃止になってしまいました



※21世紀に配達されるハガキのポストがあり。ちゃんと自分のところに配達されました。

「21世紀の私は今なにをしていますか?過去の私から郵便を出します」という内容で見て思い出しました。

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