第16話

 解雇を言い渡した者に金銭を渡すというのは、ライリーの考えなのだろう。いきなり解雇されれば誰でも腹が立つ。 

 あくまで彼女が悪者で、侯爵様は良い人という印象を植え付けようとしたことは明白だ。

 その時解雇されたのはニ十人ほどで、中にはシシリーのように他の貴族の邸に雇われた者もいるが、田舎に帰ったり、もらった退職金を元に共同で商売を始めるという者もいたという。

 

「話を聞かせてくれてありがとう」


 それ以上聞いていても延々悪口を聞かされるだけだと思い、ナイジェルは話を打ち切った。


「レックス邸でナイジェル様とお会い出来なくて寂しく思っておりました。お会い出来て嬉しかったですわ。私のこと、忘れないでいてくれたのですね」 

 

 ナイジェルが自分に会いに来たということで、変な誤解を与えてしまったようだ。

 ナイジェルは顔を引きつらせ、ミンチェスタ伯爵が笑いを堪えながら彼女を下がらせた。


「なかなかに面白いことになっているね」


 シシリーが出ていくと、堪えきれなくなったミンチェスタが腹を抱えて笑いながら言った。


「今の話、真実だと思いますか?」


 シシリーの話はかなり彼女の主観が入って偏っているはずだ。


「まあ、少なくともあのメイドは、熱心に仕事をする感じではないな。少しでも汗をかくとやれ髪が乱れたとか言って、部屋に直しに言ってなかなか戻らないそうだ。我が家のメイド長も愚痴を溢していた」

「ということは、レックス家は使えない使用人を解雇したと?」

「おいおい、そんな身も蓋もない言い方はやめてくれ。それだと侯爵家でお荷物だと判断された者を、我が家が雇わされたみたいじゃないか」

「申し訳ございません。そんなつもりは…」


 不平を溢したミンチェスタに、ナイジェルが謝った。


「まあいいさ。きちんと確認しなかったこちらの落ち度もある。でも、二十人も解雇して、レックス家はうまく回せているのか?」

「わかりませんが、自分の首を絞めるようなことはしない筈です」


 使えない、サボりぐせのある使用人はどこの家にも少なからずいる。

 縁故で雇ったりするときもあり、そういう経緯で雇った者は大概にしてプライドも高く、少し負担をかけると不平不満を口にする。

 同じ給料を払うなら、真面目に職務をまっとうする者を重宝するのは当たり前のことだ。


「まさか、侯爵家の内情が厳しいとか?」


 ミンチェスタがそう考えるのも当然だ。いきなりたくさんの使用人を解雇すれば、家計が火の車と勘ぐられても仕方がない。


「その点は王宮の財政官にも確認しました。昨年の収支報告書にも不正はなく、黒字でした」


 貴族は新しく買った不動産や売却した資産も含めて、年に一度財政報告を国に提出する。

 レックス家の者であるため、ナイジェルも確認出来たのだが、さすがにカリベール家については細かいことは教えてもらえなかった。

 ただ、税額については昨年より増税になっているというのとはこっそり教えてもらった。

 カリベール家のことは、カーマメイン卿に尋ねると、すぐに教えてくれた。


「近い内、お尋ねに来られるだろうと思っておりました」


 彼もあの一件以来、興味を抱いて知る限りのことは調べていたらしい。

 初対面からライリーが女だったことは見抜いていたとも言っていた。


「仕事柄、人となりを見抜く目は持っております」


 自分の目が節穴のように言われたように思い、ナイジェルは少しむっとしたが、お酒を召されておりましたし、と彼は掩護してくれたのでよしとすることにした。


 カーマメイン卿からカリベール家の事業のこと、そしてオルージェでの彼女の評判について、調べたことを教えてくれた。

 そしてスティーブンが最近オルージェに住む友人を訪ねているので、恐らくそこで彼女と出会ったのだろうという見解だった。

 ただ、ライリーとスティーブンがどういう会話をして、彼女がレックス家に住むようになったのかは、はっきりわからなかったということだ。


「『倹約令嬢』か」

「そのせいで婚約者から婚約破棄を言い渡されたとも聞いております」

「婚約破棄」


 それは令嬢にとっては悪夢のような出来事だろう。理由はどうあれ、その後の縁談に響くことは間違いない。

 二十五歳の今も独身なのは、そういうことだったのかも、と妙に納得する。

 

「そんな悲壮感は見受けられなかった」

「そう見えただけかも知れません。御本人にしかわからないことです」


 あの態度が強がって見せようとしていたものだとしたら、大した演技力だ。


「調査を続けますか?」

「そうだな」


 今のところわかっているのは、カリベール家が財政難から復活し、領地運営が上向きになっていることと、あの令嬢が婚約破棄されたことだけだ。祖父が彼女を連れてきたのか、それとも彼女が祖父を唆したのかはわからない。

 ナイジェルとしては後者であってほしいところだ。

 もし前者なら、彼女のレックス家での役割は何だろう。


「弱味になるようなものがあれば、いざという時、役に立つか知れない」

「承知しました」


 そうしてナイジェルは、次の日の朝、レックス侯爵家の本宅を訪れた。


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