第8話
オリーブの発見で、カリベール家の所領は窮地を凌いだ。
しかし、これはあくまでも急場凌ぎの策だ。
次の苗を植え、きちんと農園として成功させなければ意味がない。
苗木を植えて、順調に行けば五年で実がなる。
領地を開拓し、まずは三十本植えた。
農業に関して、この世界では連作障害や、輪作、一緒に植えると相性がいい野菜、悪い野菜の知識がなかった。
そのため、毎年同じ畑で作っていると生育が悪くなったり、近くに植えると生育を阻害するなどで、収穫量が極端に悪くなる時があった。
一度育てると、翌年は肥料を与えて休ませる。レンゲ草などを秋に蒔き、土を肥やすなどの知識が欠けていた。
本格的に農業をやったことはなかったが、この世界も似たような植物があり、試行錯誤しながらも五年で驚くほど収穫量が上がった。
それだけでなく、苗の間引きなどをして手をかけることで、収穫物の質もよくなり、さらには品評会などを行うことで、それぞれの農家にやる気を起こさせた。
そして八年程でカリベール領内の野菜の評判は上がり、農家の収入も増えて行った。
もちろんすべてがライリーの功績だったわけではない。
彼女がアイデアを出し、父もそれを真面目に聞き入れてくれて、領民たちもそれを実行してくれたからこその結果だった。
失敗もあったが、やればやるだけ成果となって返ってくることに、ライリーはやりがいを感じていた。
そして、そんなライリーが同年代の令嬢たちと話が合うはずもなく、十六でデビューして以降、彼女は周りからすっかり浮いた存在になっていた。
「ライリー、悪いが、君とは価値観が合わないと思う。婚約はなかったことにしてほしい」
「え?!」
突然訪ねてきてリチャード・レリウスはライリーに言った。ライリーが十八歳でリチャードは二十歳だった。
彼とは幼い頃から親同士の口約束で、婚約者になっていた。
レリウス家は新興貴族。一方ライリーの家は貧しいが、建国からの貴族で歴史もある。
どちらが家格が上かと言われれば、もちろんカリベール家の方である。
しかし、一度没落寸前まで落ちぶれたカリベール家と違い、レリウス家は海運業を行い、そこそこ裕福だったのである。
レリウス家からも一度借金をしたことがあるが、お金の貸し借りがあっては、二人が結婚した時にライリーが肩身の狭い思いをするだろうからと、何とか返済をしたのだった。
それもそろそろ終わりかと思い、そろそろ結婚を考えていたら、突然の婚約破棄である。
「ライリー、君とは価値観が合わない。結婚しても苦労するのは目に見えている」
赤に近い茶色の髪に、緑の瞳のリチャードはそう言った。
「君だって、僕よりお金の方が好きなんだろう? 僕は自分が使うお金を、妻に監視されているような暮らしはごめんだ」
特に好きでもなかったが、嫌いでもなかったリチャードは、それでもライリーの家の事情を知り、理解してくれていると思っていた。
「もちろん、家の管理は妻の大切な役目だ。でも、男にだって付き合いはある。妻の顔色を窺っていちいちお金を使う度にお窺いを立てるようなことはしたくない」
「もちろん必要なお金なら、大金が掛かっても払うべきよ。でも、無駄遣いは…」
「そういうところだよ。銅貨一枚ケチケチ数えたところで、なんの意味があるんだ」
「銅貨一枚でパンがどれくらい買えると?」
「そんなのどうでもいい!」
リチャードは心底うんざりとした顔で叫んだ。
「とにかく、君とは結婚できない。両親にも伝えたら、納得してくれた。正式に文書でこの件について後日送る。ああ、それと」
話は以上だとばかりに、彼は席を立って帰ろうとする。
ライリーが用意したお茶には、一口も手を付けていない。
彼が来るときには、多少無理をしてもいいお茶とお菓子を用意した。それがライリーの精一杯のもてなしだった。
前世では男性と付き合ったことがなかった。
そんな余裕などなかった。
普通の恋人同士の付き合いもよく知らない。
前世なら、映画を見たり遊園地に行ったりと、それなりにデートコースもあり、検索すれば定番コースもすぐに調べられただろう。
しかし、この世界にはそういった情報は簡単には手に入らない。
だから婚約者のリチャードに対して、どこかよそよそしかったところがあったかも知れない。
「残りの借金は、慰謝料代わりに帳消しにしてもいい。こっちがもらいたいくらいだがな」
「え、本当?!」
借金帳消しという言葉に、ライリーは嬉しそうに顔を輝かせた。
それを見て、リチャードは顔を引き攣らせた。
「婚約破棄には無表情だったのに、『借金帳消し』でその笑顔…やっぱり君とは価値観が合わない。君もそれほど僕のことを好きじゃなかったみたいで良かったよ」
愛があれば大丈夫。愛があればお金はいらない。は幻想だ。
お金のことで言い合いをすれば、それまで抱いていた愛情など、あっという間に消え失せる。
お金があって、生活に余裕があるからこそ、好きだ愛しているなどと言えるのだ。
それからリチャードは、二度とライリーを振り返らなかった。
そして婚約破棄の原因は、すべてライリーに非があるかのように噂を立てられた。
その噂を流したのは、主にメラニー・オーブレリア男爵令嬢とそのお仲間の令嬢たちだった。
しみったれ令嬢。締まり屋令嬢。そう言って、あることないこと(殆どが大げさな作話だったが)を言いふらした。
その皮膚組織にある色素細胞のような名前の令嬢がリチャードと一年ほど前から付き合っていたことも、ライリーは後で知った。
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