第7話

 本城友梨


 それが前世のライリーの名前。


 普通の会社員の父と保育士をしていた母の一人娘として生まれた。

 ごく普通の共働きのサラリーマン家庭で、学校の成績は上位だが、運動は得意な方ではなく、クラブは園芸部だった。

 しかし、彼女が高校生になった頃、父親がリストラされて、生活は一変した。

 家のローンが払えなくなり、家族で賃貸アパートに引っ越した。

 そして再就職先を探している途中で、父が病気になり、医療費が家計を圧迫。学校に通いながらバイトを掛け持ちした。

 当然成績は下がった。

 収入は母の保育士としての給料だけで、何とか凌いでいたが、その後退院した父は働くことも出来ず、ギャンブルに溺れていった。

 そしてお決まりのヤミ金からの借り入れによる、借金地獄が待っていた。

 大学に行って、将来は会計士になるという夢は捨て、何とか高校だけは卒業し、近くのホームセンターやコンビニでバイトを掛け持ちしたが、法外な利子を掛けられ借金はどんどん膨れ上がった。

 毎日続く執拗な取り立てに、母は精神を壊して仕事を休職し、父は逃げるように帰ってこない日が続いた。

 あのとき、ホームセンターのパートの人が、債務整理のことを教えてくれなければ、一家心中していたかも知れない。

 福祉の援助を得て借金を整理し、返済のループから抜け出せた時は、このまま空も飛べるのではと思うほど、体が軽くなった。

 母も体調を取り戻し、非常勤で保育士の仕事を再開した。

 父もギャンブルから足を洗い、自分の小遣い程度の稼ぎだがバイトをするようになった。

 しかし、身についた節約体質は抜けることなく、借金が無くなったことで、どんどん増えていく貯蓄額を眺めるのが、彼女の楽しみとなり、節約と質素倹約が趣味になった。

 ただ、彼女の記憶は三十代半で止まっている。

 バイトに行く途中、乗っていたバスに横からトラックが突っ込んできて、そしてその後の記憶がプツリと切れた。


 前世の記憶を思い出したのは、十歳の時。  

 高熱を出して三日三晩生死を彷徨い、目覚めた時に前世の記憶が蘇った。

 目覚めてすぐはプチパニックだった。


 一体自分の身に何が起こったのか、悪い夢を見ているのかと思った。


 ありきたりだけど、頬をつねったりしてみた。


 それが凶行に思われ、頭がおかしくなったと家族は騒いだ。

 そして、よくテレビや小説などで聞いたことのある転生というものを、自分がしたのだと納得した。


 前世の記憶を受け入れた後のライリーは、周囲が驚くほど大人びた子供になっていた。


 鈍色の瞳にアッシュグレージュの髪は、金髪や明るい髪色が多い中では地味と言えるが、それが返って彼女の肌のきめ細かさや透明感を際立たせている。

 

 名前もライリーという、男にでもいるような名前だったが、目が大きく小柄で年齢より随分幼く見られた。

 女性とも少年とも見られるどこか中性的な容姿で、だから、スーツを着ていてもナイジェルたちは彼女が男だ信じてしまったのだろう。

 ズボンを履いて、クラブに来るのは男だけだという、先入観のせいかも知れない。


 そしてそんなライリーが、なぜレックス侯爵家にいるのか。


 それには、彼女の生家であるカリベール男爵家が、貧乏だったことから始まった。


 オルージェはかつてはひとつの小さな国だった。

それがバハレイン国に統合され、今では自治都市として栄えている。

 統合される前の独自の文化と、バハレインの文化とが融合していて、豊かな自然と趣のある建造物が有名で、国内外から観光客がよく訪れる。


 カリベール家は、貴族を名乗ってはいるが、ライリーの祖父にあたる先代男爵が愛人に入れあげたお陰で、殆どの財を失っていた。

 加えて家業としている農業が、冷害と病気のせいで不作が続き、ライリーが生まれた頃には、収入に対して支出が多く、追いつかない事態になっていた。

 友梨の記憶を思い出したライリーは、その状況を知って愕然とした。


(またやり直しか)


 しかしそれでへこたれる彼女ではなかった。


 どこにでも突破口はある。

 

 取り敢えず、彼女は家にある物で生活に必要ない物は、全て売り払うよう父に進言した。


「お父様、三年、私を信じて好きにさせてください。きっと我が家の財政を立て直してみせます」


 そう宣言した娘にの話に幸いというか、父と母は耳を傾けてくれ、戸惑いながらも家を立て直すために協力してくれた。


 家財を売ったお金でまずは領地を開拓した。

 農業の知識はなかったが、専門家を雇うことでその問題は解決した。

 男爵家だけではなく、まず領民の暮らしが安定しなければ、税収は見込めない。

 それと同時に領内を隈なく調査し、資源となるものがないか探し回った。

 調査団を組織し、あらゆる動植物のサンプルを集め、活用できるものがないか探った。


 そして領内の山の中腹に生えるある木を発見した。

 

 それは前世で見たオリーブの木に似ていた。

 調べてみたが、その木はどの文献にも載っていなくて、彼女は勝手にオリーブと名付けた。

 名もないその木には実がなり、その実はそのまま食べればとても苦い。  

 ここでは木苺や他の果実の木のように注目されてはいなかった。

 高校で園芸部だった流れから、ホームセンターで園芸コーナーの担当になっていた彼女は、そのお陰で花や野菜、果実のなる木について、ひととおり勉強していたから、彼女はそれを活用する方法を思いついた。

 

 オリーブの実は熱を加えれば食べられる。油も取れる。そして木は固くて加工が出来た。

 

 

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