第5話
「二十五歳か。線も細いし、女みたいだな。男装した女性。いや、女装したらなかなかそそるだろうな」
「下衆な言い方はやめろ」
マーカスの言葉に、ナイジェルが釘を差した。
「お前も興味を持ったから引き止めたのでは?」
マーカスにそう言われ、彼は別にとそっぽを向いて、握りしめてくしゃくしゃになった紙をもう一度広げて眺めた。
持ち場も決まっていない見習いを祖父が寄越したことに、何か含みがあるような気がしてならない。
表向きは別の理由をかざして、実は別の意図があり、知らぬ間に祖父の手の内で踊らされていた。というようなことがよくある。孫として彼の手口を良く知るナイジェルは、そんな考えが拭いきれない。
それに、結婚相手を連れてこいというのも、言葉通りにそういう相手を嘘でも連れて行くほうがいいのか、それとも一人で行くほうがいいのだろうか。
「それよりどうするんだ、花嫁候補の女性を連れて行くのか?」
パトリックが心配より好奇心で問う。他の二人も同じらしく、ナイジェルの答えをニヤニヤして待つ。
「そう都合よく一ヶ月で見つかるものではないだろう」
「それは、今までお前がそのつもりで探さなかっただけで、その気になれば、すぐに見つかると思うが」
「そうだ。ナイジェル・レックスの花嫁になりたいという令嬢なら、声をかければ列を成す」
「マチルダは友人が多い。何なら何人か紹介してもらってもいいが」
ジェームスが妻になる女性の友人をと提案する。
ナイジェルは、それを聞いて思い切り顔を顰めた。
「それは遠慮しておく。お前の奥方になる女性の友人を傷つけたくはない」
「じゃあ、金で雇ってはどうだ? 貴族は無理でも平民なら金貨の数枚渡せばフリくらいしてくれるだろう」
「そんなの、すぐにバレるさ。それに、本気になられても困る」
「一度結婚してみろよ。結構楽しいものだぞ」
「まったく、独身主義だったくせに、お前たちの頭の中はどうなっているんだ。まるで宗教の勧誘だな」
それを側で見ていたカーマメインは、複雑な気持ちだった。
結婚という制度は他人同士の男女を法的に結びつけるものでしかない。
しかし、そこは人同士であるから、動物のようにただ子孫繁栄のためだけというわけにはいかない。
ナイジェル・レックスという人物が極端に結婚に悲観的なのは、父親のことが関係しているのは、彼も知っている。
先程ライリーと名乗った人物に、ナイジェルは少しばかり興味を持ったようだが、それはどういう感情からだろうかと、カーマメインは小首を傾げた。
彼がここまでのし上がってきたのは、時代の流れを読む才覚と度胸、そして人の本質を見抜く目だった。
そんな彼だから、先程ナイジェルを訪ねてきた人物が、彼らが思うような人物でないことに密かに気づいていた。
(あれは恐らく…)
しかし、聞かれてもいないことをあえて言うつもりもない。彼は口を噤んでこの件の成り行きを見守ることにした。
クラブを出て、ライリーは外に止まっていた馬車に向かった。
御者が降りてきて、ガチャと馬車の扉を開けた。
「ありがとう」
お礼を言ってライリーは馬車に乗り込んだ。
「どうだった?」
馬車には既に人がいて、ライリーが乗り込むのを待って聞いてきた。
「会えましたよ」
髪を結んでいた紐を解き、ライリーは軽く頭を振った。
長い髪がさらりと流れる。
「それで?」
「ご指示通りに」
「ふふ、そうか」
彼はそれを聞いて満足して頷いた。目尻の皺が深くなり、馬車の中に灯された明かりが陰影をつくった。
「彼がもし本当に花嫁を連れてきたら、どうされるおつもりですか?」
ライリーは呆れてため息をついた。
歳を経てスティーヴンの金髪は白金に近くなってはいるが、先程会ったナイジェルは、目の前の彼の祖父に似ていた。
ナイジェルは髪は父方の祖父から、そして瞳の色は彼の亡くなった母親から引き継いでいるようだ。
「その時は、君と競わせるか」
「やれと言うならやりますが、その代わりオプションなので、追加料金をいただきますよ」
ライリーは親指と人差し指で、丸をつくる。
「オプ?」
「追加項目です」
「なかなか厳しいな」
「いけませんか? お気に召さないなら、私はいつでも手を引きますよ」
「老い先短い年寄りの楽しみを奪うな」
六十を過ぎてなおも当主で有り続ける、スティーヴンは背筋も真っ直ぐで歩く姿もさっそうとしている。
ロマンスグレーという言葉が彼を見て思い浮かぶ。
「まだまだ長生きされますよ」
それは嫌味でもなく、素直な感想だった。
「孫息子をからかって、ばれたら余計にこじれませんか?」
良くも悪くも二人は似た者同士だとライリーは思った。スティーヴンからナイジェルのことを聞いていて、ライリーはそう分析していた。先程会って更にそう思った。だからこそ、反目し合うのだろう。磁石の同じ極同士のように。
ここ最近、ナイジェルが祖父を避けるのは、その気もないのに、結婚をしろとしつこく迫っているからだということも、ライリーは知っている。
「でも周りから煩く言われると、かえって反発したくなります。彼と仲良くしたいなら、そのあたりを考えないと」
ライリーはふう〜と深いため息を吐いた。
「それより、まさか疑いもしないとは思わなかったです。私が本当は女だってことを」
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