第4話

 それはナイジェルだけでなく、その場にいる他の者たちも同様に思ったらしい。


「わかった。俺から直接話す。案内してくれ」

「では私が案内いたしましょう」


 せっかくここまで来た相手を、ひと目顔を見てやろうと、ナイジェルは立ち上がった。

 カーマメイン卿が案内を申し出る。


「おれたちも行くぞ」


 パトリックたちもそれについて行った。


「あちらです」


 待合室の端で立っている人物を、カーマメイン卿が示す。


「あの者か?」

 

 ナイジェルはその先にいる人物を見て、疑わしげに尋ねた。

 

「はい。私が手紙を預かったのは、あの者です」


 そこにいたのは、小柄な少年だった。

 アッシュベージュの髪を後ろで一つに束ね、執事見習いの服を着ている。

 ここからでは顔ははっきりわからないが、ナイジェルが想像していたより随分若そうだ。

 背中をピンと伸ばして姿勢良く立っていた少年は、近づいてきたカーマメイン卿に気づくと、ペコリと頭を下げた。


「ナイジェル様ですね」


 まだ声変わりもしていないらしく、澄んだ声音で彼は瞬時にカーマメイン卿の後ろにいるのがナイジェルだと判断したらしく、声をかけてきた。


「俺を知っているのか」

「お小さい頃の肖像画をお屋敷で拝見いたしましたので」

「……そうか」


 子供の頃と変わっていないと言われたようで、ナイジェルは渋い顔をした。

 後ろにいる友人たちもそう思ったらしく、クスクスと笑っている。


「スティーブン様からのお手紙はお読みいただけましたでしょうか」


 ナイジェルが手に持った手紙に目を走らせ、尋ねる。


「伝言はここの従業員に伝えた筈だが、納得いかなかったか」

「どうとでも取れる曖昧なお返事でしたので、私もスティーブン様にナイジェル様のお言葉をお伝えする義務がございますれば、はっきりとしたお言葉を頂戴いたしたく、そのように伝えました」


 ナイジェルよりいくらか若い少年は、澱みなく朗々と語る。

 丁寧な語り口調が板についている。

 これくらいの年齢の見習いなら、もっとしどろもどろしてもいいだろうに、とナイジェルは思った。


「一ヶ月以内に、本宅へ花嫁候補となる女性を連れてこいという手紙なら、確かに読んだ」

「それで、ナイジェル様のお返事はいかがなものですか?」


 彼がそう言うと、少年は手紙の内容を知っていたのか、返答を求めてきた。

 使用人が、主から預かる手紙の内容を知らされないことはよくあることだ。単なる使いの者だから、そこまで知る必要はない。

 しかし、彼は知っていた。

 つまりは、レックス卿に信頼されているということだ。

 改めてナイジェルは少年を見る。

 鈍色の瞳にアッシュベージュの柔らかそうな髪。少女と言っても過言ではない鼻筋が通った愛らしい顔つき。細い肩をして声変りもまだの少年。全体的に地味だが、少年嗜好の者なら食指が動くかもしれない。

 しかし、ナイジェルは少年趣味はない。

 なのに、祖父はなぜ彼をここに寄越したのか。

 単に使いを頼もうとして、彼がたまたま目についた、とは考えにくい。

 そこに祖父の何某かの意図があるような気がして、ナイジェルは無言で少年を見つめた。


「ナイジェル、どうした?」


 無言でいる彼に、後ろからパトリックが声をかけた。


「あ、ああ、なんでもない。しかしお祖父様もこんな子供を使いに寄越すとは、レックス家にはほかに適した人材はいないのか?」


 夜のクラブなど、酔った男たちが大勢いる。そんなところに年端も行かない少年を使いに出すなど、レックス卿は何を考えているのかと、ナイジェルは言った。


「たしかに、君にはこの場所は早いなぁ」


 ジェームスも、少年を見てナイジェルに同意する。


「せめて成人した者を寄越せばいいものを…」

「私は二十五歳です」

「そう二十……え!」

 

 ナイジェルも他の者たちも、目を丸くして彼を見る。

 

「少々童顔で、体が小さくて幼く見られますが、成人年齢には達しています。ですから、侮らないでください」


 面と向かえば、ナイジェルの胸の高さにようやく顔が来る背の高さだ。しかし、年齢より若く見られるのには慣れているのか、怒ったようには見えない。


「悪かったな」


 思わずナイジェルは謝った。


「それは構いません。それより、スティーブン様のお手紙のお返事は?」

「来いと言うなら従うが」

「もう一つの件は?」

「それは今何とも言えない」


 実際ナイジェルは結婚したい相手どころか、結婚する気もない。


「いるなら、ということだから、必ずではないのだろう?」


 文面からすると、彼はそう受け取った。


「では、そちらは今は保留ということですね」

「そうなるな」

「わかりました。お越しになる日が決まりましたら、ご連絡ください」

「わかった。そうしよう」

「では、私はこれで失礼いたします」

「待て」


 用が済んだらさっさと引き上げようとする少年を、ナイジェルは引き止めた。


「何でしょうか」

「名前は何だ? いつから邸にいる」


 普段は使いの者にいちいち名前は聞かない。しかし、ナイジェルは彼のことが気になった。


「名はライリーと申します。二ヶ月ほど前からお屋敷でお世話になっております」

「ライリーか。執事見習いなのか」

「いえ、そういうわけでは…まあ、似たようなものです」


 ライリーは曖昧な返事をする。さっきまでの口調とはまるで真逆だ。そんなことを聞かれるとは思わなかったらしい。


「どういう意味だ?」

「スティーブン様に雇われているのは本当ですが、屋敷内では特に役割も決まっておらず、色々なことをさせていただいております」

「持ち場が決まっていないということか?」

「そのようなところです」


 持ち場が決まっていないなど、見習いもいいところだ。


「わかった。引き止めて悪かったな」

「いえ、では失礼いたします。お帰り、お待ちしております」


 ライリーはそう言ってクラブを立ち去った。





 

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