第11話 第2章:出会いの記憶ー007ー
報告を終えたマテオは崩れるように顔を机に落とした。
やっと窮地から脱した気分だ。
でもだからこそ、ここにいたい。
少なくとも学校へ行かされるより、絶対こちらの方が面白い。
十五歳という妙齢の男子ならば、絶世の美女が離れたくない理由になるだろう。だがマテオが何としても知己を得たいとする相手は、美少女である
開いた口から覗く二本の牙で威嚇してきた女子だ。
一見ではおかっぱ頭の薄汚れた感が妖怪を思わせた。他ではそうそうお目にかかれない存在だ。
昼間、マテオを威嚇してきた。
少ししょんぼりした流花の横で立つマテオと言えばである。
「す、すっげっえー。なになに、これ。能力? それとも元々からか。ヴァンパイアとか、そういった感じ?」
初めて見る存在に大興奮だ。
威嚇したつもりの楓からすれば、マテオの反応は予想外もいいところである。
「違うわよ。能力とかそういうんじゃなくて、ゾンビっ。わかるでしょ、噛みつけば、動き回る死者になっちゃうわけ」
「待て待て。でも、おまえに従うようになるんだろ。なんか、それってゾンビと違くね」
ここで流花が割り込んでくる。楓ちゃんと呼んであげて、ときた。
「じゃあ、楓」
「何よ偉そうに。いきなり呼び捨て」
「なんだよ、面倒くせーな。流花と同じじゃん。友達だからって言い方まで似なくてもいいだろ」
おや? とマテオはなった。思っていた以上に反応が鈍い。
うっと楓が言葉を詰まらせている。流花はちょっとはにかんだようにうつむく。
流花と楓は、友達とするにはまだ微妙な関係か。ならばとマテオに計算が働いた。
「僕さ、今日ここに来たばかりなんだ。だから友達なんて言わない、取り敢えず知り合いになってくれないか」
あんたさ、と楓できたから、「マテオでいいぞ」と返す。
「マテオは解っている? あたしは人間じゃないわよ、まともじゃないのよ」
名前を呼んだ時点で、マテオの希望は叶ったようなものだった。
どんな形であれ今後の関係性を続ける約束を取り付けられれば、流花が上機嫌だ。
「マテオって、いいヤツなのかもね〜」
今後の長い付き合いにおいて一切下されなくなる評価が為された。
でもおかげでマテオは逢魔街の一端に触れられた。
流花が知り合いの医師を紹介するとくる。
当初は乗り気でなかったマテオだが、知り合ったばかりだから親切を無碍にするのもどうかと思う。病院の位置を押さえておきたいのもある。
流花に紹介された女医はかなり癖が強かった。だが腕はマテオが知るなかでも抜群だ。痛みどころか傷さえも消えていく。気味が悪いくらいである。
だが、助かった。
その夜、モニター越しにマテオを待っていたのは、ずらり並んだ顔だ。
定時連絡なので義父であり組織の長であるケヴィンを予想していた。初日だから、姉のアイラはいておかしくない。義母となるソフィーもいるだろう。義兄のサミュエルまでいたのは意外だった。
「そんなに心配しないでくださいよ」
実状を知られたら帰国を命じられそうだからこそマテオは内心を隠す応対で入った。真っ先に仕事に関することで口を開く。
PAOの手の者がおり、ゾンビと名乗る少女と知り合いになった。自分が窮地に陥ったり医師に世話になった部分は除いて、逢魔街における今日一日の報告をした。
変に鋭いツッコミがなければいいなぁ〜、と喋り終われば内心で少しビビっているマテオである。
意外だったのは、ケヴィンが楓に喰い付いてきたことだ。
「そうか『
そうですか、とマテオは照れ笑いを浮かべてしまう。
なにせ単なる興味本位だ、ゾンビなんてすげぇーとするノリである。あまり褒められてはこそばゆい。
ただ後に続いたケヴィンの説明に気は引き締まる。
日時ははっきりしない、数年前だろうとするのは単なる当てだ。情報網がブラックアウトする逢魔ヶ刻に、何かが起きた。
遺伝子研究の名目ながら、実際の目的は不老不死であった昔宮教授。成果を求めて逢魔街に居住を移し、逢魔ヶ刻に何か結果を出したのではないか、とされている。跡形もなくなった昔宮邸だが、娘かと思しき人物は存在しているようでもある。
楓という名前の昔宮教授の娘は、逢魔街のどこかにいるのではないか。
不老不死は人間にとって、特に地位や富を得た者たちにとって垂涎のテーマである。
実は密かに世界中から注目されている人物とマテオはお知り合いになったらしい。
ケヴィンの様子から絶対に手放せない雰囲気が感じ取れればである。
しめしめとなるマテオだ。
帰って来い、とならないだけでなく、勉強勉強とも言われなくなりそうだ。しっかり任務に励みます、といった態度に掣肘はないだろう。
初日にして、ゾンビを名乗る行方不明の少女と出会した。これでこれまで通り仕事へ没頭できようというものだ。
身体だけには気をつけてね、とする姉と義母に「大丈夫ですよ」とマテオは胸を叩くように応えた。
ツイている、と考えるばかりで敗北によって負傷したことなど気にもかけない。
豪胆とも無思慮とも言える性格は、逢魔街に対する認識だけでなく人間としても甘かった。
運命はさっそく翌日に襲いかかってきた。
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