第4話 初めての視察

ルーベルトには公爵としての仕事が山のようにある。

それを涼しい顔をして捌いていく…実際に手を動かしているのは僕なんだけど…のは、さすが公爵として長年過ごしてきたことがあるなと感心するばかりだ。

『公爵として当然のことだ』

ルーベルトはそう言うけれど、まだ爵位を継ぐ歳でもないのに両親が亡くなって急に継ぐことになったんだから大変な苦労があったんだと思う。

おまけに突然僕みたいな存在に身体を乗っ取られるし…。

『まったくだな』

せめてルーベルトとして恥ずかしくない言動をしなくては!

『殊勝な心掛けだが、そこの綴りが間違っている』

「えっ!?どこ!?」

僕は慌てて修正した。

『その様子では私になりきるなんて、まだまだだな』

ルーベルトはどこか楽しそうに笑った。

ルーベルトが感情を表すのは僕にだけだった。

ルーベルト自身だから気が軽いんだろうか?

それがいいことなのか悪いことなのか分からないけれど、ルーベルトの言う貴族としての矜持が鉄仮面みたいなルーベルトを作るんだとしたら、貴族じゃないルーベルトが僕なんだろうか?

僕はルーベルトであってルーベルトじゃない。

新しいルーベルトの可能性を示せるんじゃないだろうか?そんなことを考えながペンを動かす。

ルーベルトからしてみたら僕がルーベルトの可能性だなんて図々しいんじゃないだろうか?

『まったくだな』

「…やっぱり?」

ルーベルトにバッサリと切り捨てられて机に突っ伏す。

ルーベルトに怒られてもやる気が出なくなったんだからしばらく補充させてほしい。

ルーベルトと会話をするのは一人になれる自室か執務室が主だった。

そうしないと僕がうっかり喋ってしまってルーベルトが一人でも喋る変な人だと思われてしまうからだ。


「…この書類、本当に必要なことなの?」

『ああ。だからさっさとサインしろ』

僕が難色を示したのは隣の領地との契約の書類だった。

パッと見て、隣の領地にしか利点がないように思える。

こんなことに大切な税を使っていいんだろうか?

それにルーベルトの衣服はとても意匠にこだわって作られている。

こういうのって贅沢なんじゃないんだろうか?

僕がうんうん唸っているとルーベルトから叱責される。

これもいつものことだ。

『おい、仕事はまだあるんだ。この半分まで午前中に終わらなかったら午後の領地の視察に差し障る』

「領地の視察!」

僕がルーベルトになってから初めての外出だ!

ルーベルトの作った街がどんなものか見るのが楽しみ!

そうと決まれば仕事にも精が出る。

僕はルーベルトの指示に従ってサインをしていった。


昼食は普段通り食堂で食べて動きやすい室内着から領主としての服装に着替えた。

僕…ルーベルトって格好いいなぁと用意されている間鏡の前でボケっと見惚れてしまう。

これで性格が良かったら完璧なのにな。

『やかましい』

ルーベルトに怒られながらくるりと回転して身嗜みを確認する。

「ルーベルト、領地巡り楽しみだね」

『視察だ。仕事だ。忘れるなよ。それからお前視点で思ったことがあったら教えて欲しい』

あのルーベルトが初めて僕に頼み事をするなんて!

「任せてよ!ルーベルトの作る領土を隅々までちゃんと見て思うところがあったら言うよ!」

『ああ、頼んだぞ』

ルーベルトからの初めての頼み事と領地へのお出掛けに僕はすっかり気を良くして馬車に乗り込んだ。

領地の一つの街に着き、馬車から降りてしばらく歩いてみる。

キラキラした装飾品のお店が多いのは鉱山があってそこから宝石が取れるからだってルーベルトが言っていた。

サシャ嬢に贈ったら喜んでくれるかな?

僕は興味本位でうろうろとアクセサリーを取り扱う店を覗いてみてはサシャ嬢に似合うか考えた。

『おい、女に惚けるのもいいがさっさと街の中を見て回れ。時間は有限だ』

分かっているよ、ルーベルト。

僕はサシャ嬢の瞳の色をした細工の綺麗なブローチを一つ買い求めると、早速街の中を視察した。

視察…というか僕の場合は単なる散歩になってしまう。

だけど考えるのはルーベルトの仕事だ。

僕は僕から見てこの街におかしいところがないか見て回ることに専念しよう。


結論から言うと、おかしなところなんて何一つなかった。

むしろ誰一人として目を合わせてくれなかった。

ルーベルト、領地で何をしているんだろう?

領地に不利になるようなことも時々していることを書類で知っている。

書類仕事も理由が分からないことが多いから多分この街でもなにかをしでかしたのかもしれない。

ひそひそ、こそこそ。

僕…ルーベルトを見てみんな囁いている。


「悪逆貴族のルーベルトって、何さ」

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