第29話「果たし状」
ローザリッヒは、湖畔に面した美しい街だ。マレッタ自由国やゴリン王国南部の都市と軍事都市ゲルガルドを結ぶ物流の中継地でもあるため、街の中心部はそれなりに賑わっている。
―――ローザリッヒの湖畔
「でっかいなぁ。まるで海みたい。」
巨大な湖を前に思わず息を呑む。
「水も澄んでて、とても綺麗ですね。」
「ニホン最大の湖、ビワーです。湖北は魔族領と、湖南はマレッタ自由国と接しています。」
(ビワー湖か……。どこかで聞き覚えがあるような。)
「ってことは、この湖の先がシシド共和国?」
自分は湖と垂直方向に指を指す
「はい、その通りです。ただ、湖を船で横断することは出来ないんです。」
「えっ、どうして??」
「“古代獣”が、たくさん棲んでるからだよぉ~。」
「古代獣!?」
(もしかして、ネッシー的な奴のこと!?)
「超大型の首長竜のことです。沖に生息しており、普段は、魚類を食べているのですが、非常に好戦的な性格のため、近づくものは、人だろうと、魔族だろうと、魔獣だろうと関係なく襲い、食べてしまうのです。」
「……それは恐ろしいですね。」
「ただ、古代獣は水深の浅い岸に近づいてくることはありませんので、安心して、湖沿いをお歩き下さい。」
ラド君が不安がるエレナをフォローしていると、アビーが興味深いことを教えてくれる。
「でもね、でもねっ、古代獣って、とぉ~っても美味しいんだよー!」
「確かに美味ですね。」
「へぇ~、そうなんだ。古代獣のお肉って、市場にも出回ってるものなの?」
「はて、どうでしょうか。稀に岸に打ち上げられていることはありますが……。ただ、古代獣漁を生業とする命知らずの漁師もいると聞きます。物資の買い出しついでに調べて参りますね。」
「わかった。ありがとう。」
「それでは、陛下と后様は、このまま街の散策でもしていらして下さい。夕方、先程の宿の部屋で待ち合わせということで。」
「うん、了解。」
「さぁ、アビーもいきますよ。」
「やだぁ~!アビーもコタローさまと一緒がいい~!」
アビーはそう駄々をこねるも……、
「わがまま云わない。」
結局は猫耳を引っ張られ、ラド君に連行されていった。そして、二人は再びフードをかぶり、街中へと消えていく。
「ラドルフさんとアビーって、なんだか兄妹みたいですよね。」
「ハハッ、確かに!しっかり者の兄と、やんちゃな妹かな?」
(うちの兄妹とは大分違う感じではあるけど。……それにしても、なっちゃん、元気でやってるかなぁ。)
……その後はしばらく、エレナと二人で湖沿いを散歩する。湖畔から吹く爽やかな風に、ゆっくり、大きく回る風車。せわしないロパンドと違い、ここでは時間の流れがゆったりと感じられる。
街の中心へ戻り、役場の前を通りかかると……、
(……これがそうか。)
掲示板には、死神の指名手配書が張り出されている。肝心の報奨金はというと、Dead or aliveで1万両(約1億円)。ルーキーにして、なんと、サー・クロ〇ダイル撃破後並みの異例の懸賞金額だ。
(しっかし、何とも悪意のある強烈な人相書きだなぁ……。)
そのお陰で、死神と後ろ指を差されることはない。一応、フードを被ってはいるが、ローザリッヒには、実際に自分を見たことがある人はいないと思われるので、御用になるリスクは比較的低いだろう。
夕方ごろになったので、宿へと戻る。部屋の中では、ラド君とアビーが買い込んだ物資と共に自分たちを待っており、早速、吉報を知らせてくれる。
「見つけたよー、古代獣のお肉が食べられるとこ!」
「ほんとに!?でも、いいお値段がするんじゃない??」
「いえ、思ったほど高くはありませんでした。ですので、本日はそこで夕食をとりましょう!」
「いいねぇ!」
「良かったですね。ワタシも楽しみです!」
みんなのテンションがぐっと上がるのを感じる。やっぱり、旅と食はセットで切り離せない。
―――ローザリッヒのとある食堂
「や~、旨かったね、古代獣の肉。ステーキは当たりだったなぁ。」
「はい。ロースト古代獣も美味しかったですよ。」
「アビー、まだまだ食べられるー!」
「あなたは、腹八分目にしておきなさい。」
美味しい食事に、みんな大満足だ。
「二人とも、ありがとね、このお店を探してくれて。」
「いえいえ、陛下の喜びが、我々の喜びにございます。」
「……さて、そろそろ宿に戻ろっか。」
ガヤガヤガヤガヤッ……
店の外へ出ると、こんな時間にも拘わらず、大通りの方向が何とも騒々しい。
(……何だか嫌な予感がするなぁ。)
とはいえ、宿へ戻るためには、大通りを横断しなければならない。やむを得ず、大通りへ出てみると、ぞろぞろと7、80名の武士の一団が闊歩しているのが視界に入る。
「セバコタロー殿ぉ!!セバコタロー殿はおられるかぁー!!」
野太い声が街中に響き渡る。
「セバコタローって、指名手配書の死神の名前じゃなかったか?」
「えっ、嘘!?死神がローザリッヒにいるの??」
自分の名前を聞いて、町の人たちも急にザワつき始める。
「ア、 アイツです、噂の死神は!!」
武士の一人が自分の姿を見つけて指を差す。当然、街中の視線は独り占めだ……。
ノシ、ノシ、ノシ、ノシ、ノシ、ノシ……
そこへ、一団の後ろの方から、大柄な武将風の男が
「お主が噂の死神、セバコタロー殿であるか?」
「まぁ、そうですが……。」
「拙者の名は、ヴァーティゴ。ロパンドから参った。」
「えっ、あの人が!?」
ヴァーティゴの名を聞き、エレナは驚いたように声を上げる。
「……んで、ご用件はなんでしょう?やっぱり、オレのことを退治しに?」
ラド君とアビーは、すかさず、臨戦態勢を取る。
「ハッハッハ、まぁそんなところではあるが、武士たるもの、こんな街中で騒ぎは起こさん。」
(もう、十分騒がしい気もしますけどぉ?)
「セバコタロー殿、貴殿に決闘を申し込むっ!!」
「けっ、決闘ぅ!?」
「これを、受け取っていただこう。」
侍大将は、何やら手紙のようなものをこちらに差し出す。
「あ、どうも……。」
「では、本日はこれにて。明日、指定の場所にてお待ち申す。」
そう侍大将が言い残すと、一団はローザリッヒの外へと引き返していく。渡された手紙に目を落とすと、表表紙に、“果たし状”と書かれている。時代劇でしかお目にかかれないような、なんとも古風な喧嘩の売り方だ。
(……めんどくさいことになったなぁ。)
周囲にいる町の人たちは、引き続きこちらに視線を向けていたため、自分たちは、足早に裏路地へと駆け込む。
「皆さま、これを。」
ラド君は、手持ちの気配薬1本をそれぞれの手のひらに注ぐ。
「とりあえず、宿に急ごう。」
―――ローザリッヒのとある宿の一室
気配薬のお陰で、無事に宿の部屋まで辿り着く。ベッドを長椅子代わりにして向かい合い、早速、例のぶつを開封してみることにする。
「それでは、これから作戦会議を始めま~す。」
「はいっ!」「はい!!」「はいさ!」
「じゃあ、まずは果たし状から~。」
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果たし状
小生、ヴァーティゴは、貴殿、セバコタローに決闘を申し込む。
明日、正午、ローザリッヒ南にある二本松にて貴殿を待つ。
以上。
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概ね予想していた通りのシンプルな内容だ。
『……ってことで、明日は早朝に宿を出て、トンズラかまそうか!?』と口にしようとしたその時……、
「決闘ですかぁ~、なんとも心が躍りますねぇ!」
「決闘、楽しそうだねっ♪アビーも頑張るぅー!」
(えっ、そーゆーノリなの!?)
「確かに、今逃げても、どうせ追いかけてきそうですしね。」
(エレナまで……。)
現実から目を背けていたのは、自分だけなのだと思い知らされる。
「……じゃあ、この決闘、引き受ける方向で??」
「無論にございます!取り巻きは、我々にお任せ下さいっ!大将首は、陛下にお譲りしますので!!」
「あぁ、そう……。ありがとね。。」
いらん気遣いに自分の顔が引きつる。
「……ただ、先程のヴァーティゴさん、ロパンドではその名を知らぬ者はいないほどの剣士です。」
そう云う、エレナの口調は少し重めだ。
「えっ、あの人、そんなに有名だったの?」
「はい。“剣豪”の称号持ちで、“炎剣のヴァーティゴ”と呼ばれています。その実力はロパンド最強と
「確かに、あの御仁からは強者の雰囲気を感じましたね。」
ラド君は腕を組みながら二度ほど頷く。
「加えて、勇者様の酔狂者と聞きますので、“死神”、すなわちコタローさんには並々ならぬ執着心があるのではないかと。」
「それは厄介だなぁ……。でもさ、ウホウ……、じゃなくて、第七悪魔王が来た時も、ロパンドから脱出した時も、いなかったよね?」
「新聞で目にしたのですが、それは、“武士勲章”授与式のため、王都に行っていて、ロパンドにはいなかったからだと思います。」
「武士勲章!?」
新たに飛び出たワードに自分の声がやや裏返る。
「魔族の撃退や魔獣討伐などの防衛面をはじめ、政治面、経済面、文化面、学術面で多大な功績を挙げた者に対し、国王陛下から授与される勲章です。武士勲章は、“武士”、“上級武士”、“最上級武士”の三段階に分かれていて、今回ヴァーティゴさんが拝受したのは武士の爵位のはずです。」
(平たく云えば、イギリス王室から賜るナイト的なやつね。……さしずめ、サー・ヴァーティゴといったところか。)
思わぬ難敵情報に自分の表情がみるみるうちに曇っていると……、
「でもさ、きっと、コタローさまの敵じゃないよぉ~。」
「そうですねっ、コタローさんなら大丈夫です!」
「明日は、ヴァーティゴ一団を返り討ちにしてやりましょう!!」
『おー!!』
みんなはノリノリで拳を天井に突き上げる。自分への絶対的な信頼感がなんとも恐ろしい。こうして、自分の思いとは反対方向に、とんとん拍子に話は進んでいった……。
(……憂鬱だな、明日ぁ。。)
―――翌日正午 二本松にて
時間ギリギリに指定の場所へ行ってみると、侍大将は既に陣を敷いて待っている。向こうも、自分たちの姿が目に入ったようで、折り畳み式の椅子から腰を上げる。
「セバコタロー殿ぉ、よくぞ逃げずに参った。」
「やぁ、まぁ、もちろんです……。」
実は、思いっきりトンズラかます気でしたとは、流石に云えない。
……でも、まぁ気が重いのは確かだ。魔族や魔獣と違って、人間相手にはどう戦えば良いのか、イマイチ分からない。勢い余れば、即ち、それは“人殺し”へと繋がる。密偵へのアンチ-ポイズンの件もあるが、加減が分からないのだ。そういった意味で、本当にやりにくい……。
サリエルさんに頼んで、平和的に解決してもらおうかとも考えたが、昨日の流れ的に、自分が、先頭に立って決闘に臨む必要があるだろう。
(もう、やるしかないか……。)
「さぁ、始めようではないか、セバ殿。どこからでもかかって来るがよい。」
ここは、魔力制御によって独自開発した、対人用怪奇光線、“プチヒール”を試してみよう。それでもハッキリ云って、人間には殺人的な威力ではあると思う。
「んじゃ、遠慮なく。死ぬなよ、ヴァーティゴ殿ぉ。プチヒール!」
ボォーーッ!!
「フン。」
ボフッ!!
侍大将は表情一つ変えず、大きな日本刀を一振りして
「何だ、この子供だましの怪術は?まさか、このヴァーティゴを愚弄する気であるかぁ!?」
侍大将がそう語気を強めると、全身から強烈な赤い“怒気”が溢れ出る。
ドゴォ~~~~~~ッ……
(……強い。この人族は、別格だ。)
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
まさかの果たし状から、遂にヴァーティゴ殿との決闘が始まりました。
人族とはいえ、かなりの強敵のようです。
次話、闘いは本格化していきます。
果たして、勝ち名乗りを上げるのはどちらなのでしょう?
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