第10話「傭兵セバス」

「……もうこんな時間かぁ。」


 部屋の時計を見ると、正午を過ぎている。窓から顔出す日の光は、もう随分と高い。

 昨晩は街の大広場から程近い場所にある宿に泊った。一昨晩の安宿と比べると、ビジネスホテルへアップグレードといった感じだ。

 街の様子は昨日と比べると、随分、落ち着いている。なんせ祭りの次の日だ。とはいっても、ここは商業都市ロパンド。それでも十分に活気はある。見張り塔の前には待ち合わせ時間の5分前に着いたが、今日もエレナが先に来て、待っている。


「昨日はお疲れさま。」


「はい、お疲れ様です。」


 彼女の様子が落ち着いているのを感じ、安堵する。その後は、特になんてことない会話をしながら、ギルドへと向かう。あの絶望的な初対面を考えると、エレナとの人間関係もかなり築けてきたように思える。とはいっても、あれもつい、二日前の出来事なのだ。


 ギルドへ到着し、早速、掲示板の前に立つ。


 『エレナのため、どんな家事代行サービスでも愚痴らず、引き受けよう。』そんな基準で手配書を眺めていたのだが、エレナからは予想もしない反応が返ってきた。


「次は、どの魔獣を討伐しにいきましょうか?」


「えぇっ??」


 思いもよらぬ問いかけに困惑する。


「え~っと、魔獣討伐のクエストを受けるってこと?」


「もちろん、そのつもりですが……。」


「昨日、あんな目に遭ったんだよ!?本当に大丈夫??」


「はいっ!」


 彼女は話を続ける。


「ワタシ、昨日の夜、色々と考えてみたんです。昨日のクエスト、確かにとても怖かったです……。でも、それ以上に自分の無力さに気づかされて、とても悔しい思いが込み上げてきました。天職としてヒーラーを賜り、周りの人たちのお役に立てるよう成長したいと思って、冒険者になったのに、たった一度恐い目に遭ったくらいで立ち止まりたくはないんです!ワタシもセバスさんみたいに人として強くなりたい!なので、お願いしますっ!!セバスさん、ワタシを仲間にして下さいっ!!」


(……オレが人としても強いだって!?)


 そう見えてしまうのは、ハッキリ云って、大神官ボディの恩恵があるからこそだ。それを差し引くと、芯の強さでは、自分などエレナの足元にも及ばないだろう……。

 エレナの強い思いを聞いて、『何とかその気持ちに応えてあげたい。今、自分に出来る精一杯のサポートをしてあげたい。』という気持ちが、心の底から溢れてくる。


「もちろんっ!そんなに、かしこまらなくても、オレ達はもう仲間だよ。昨日も云ったけど、仲間のためなら何だって協力する。」


「ありがとうございます!!これからも、どうぞ、よろしくお願いしますっ!!」


 彼女はうっすらと目に涙を浮かべながら、お辞儀をする。


「こちらこそ、今後とも、よろしく!!」


 自分としても、当然、彼女の存在は心強い。ギルドとのパイプ役としてだけではなく、この世界の常識を教えてくれる先生のような存在でもあるからだ。


「……さてと、どのクエストにしようか。」


 改めて、掲示板に目を向ける。


「これなんかはどうでしょう??」


 エレナが指差したのは、“オーガ集落の殲滅”。


(いや、流石にそれは攻め過ぎだろ……。)


 恐ろしいくらい頼もしくはあるが、徐々に慣らしていこうということで、ケルベロス退治より、難易度の低いクエストを幾つかピックアップする。

 また、手配書を選んでいる最中、エレナから一つ提案があった。


「報酬なんですけど、ワタシが6、セバスさんが4の配分から、今後は折半にしませんか?」


 自分としては、裏稼業で生計を立てている以上、エレナ8、自分2くらいの配分でも全く問題はない。逆にエレナは、貢献度を考慮して、配分を決めたいと思っているはずだ。恐らく、この提案は、お互いの妥協点を勘案した上でのものだろう。


「わかった、そうしよっか。」


 自分は空気の読める人間だ。今回は、ずべこべ云わず、受け入れることにした。


 ……そんなこんなで、掲示板の前に立っていると、周りからヒソヒソとモブ冒険者たちの噂話が聞こえてくる。


「あの嬢ちゃんらしいぜ、ルーキーの初クエストで、いきなりオーガを倒したってのは。」


「マジか。んじゃ、隣にいる目つきの悪い奴が、噂の凄腕傭兵ってか?」


 どうやらギルドの中にいる、うっかり八兵衛さんが、昨日のクエストのことを漏らしてしまったようだ。この世界では、個人情報の取り扱いに対する意識は相当に低いのだろう。

 エレナはもちろん、駆け出し冒険者なので、クエストの難易度感については、イマイチよく分かっていない。話が聞こえてくる分には、オーガ討伐は難易度“A-”のクエストだったみたいだ。


 ……それにしても、“噂の凄腕傭兵”とは、なかなか悪くない響きである。何とも厨二心がくすぐられるというか。“黄泉の大鎌”は、さしずめ、“ドラゴンこ〇し”といったところだろうか。


(モブの諸君よ、キミ達がオーガを討伐した暁には、“セバの団”への入団を認めよう!)


 心の中でそうはしゃぎながらも、実際には、多少居づらくなってきたこともあり、その場から離れる。そして、少し早い時間帯ではあるが、今後の方針についての話し合いや親睦を深めることも兼ね、二人で夕食を食べにいくことにした。




―――ギルドから程近い、とある食堂


「……じゃあ、まぁ、しばらくはそんな感じでいこっか。」


「はい、わかりました。」


 グリーズのステーキを頬張りながら、今後の方針について話し合う。

 右隣の席のグループはお酒を飲みながら、ガヤガヤと楽しそうに会話をしている。一瞬、自分もお酒を注文しようかと考えたが、今日はやめておこう。


(……そういや、この世界の成人って何歳からなんだろう?お酒の解禁年齢も、イコールなのかな?)


 そんなことを考えていると、ふと、エレナが何歳なのか気になりだす。昨日、一緒にクエストへ出た時、この世界のことについては色々と教えてもらったが、彼女自身についてはほとんど何も聞いていない。女性に年齢を聞くのは失礼なのかもしれないが、まだ気にするような年でもないだろう。


「そういえばさ、エレナって今何歳なの?」


「この間、一応、16になりました。」


 雰囲気的に大人びて見えていたので、16歳だと知り、少し驚く。正直、なっちゃんよりもちょっと上、18、19くらいだと思っていた。それとは別に、言い回しが気になったので、尋ねてみる。


「一応ってことは、16が成人になる年齢ってこと?」


「はい。それもあるんですが……。」


 もはや、『成人になる年齢も知らないんですか?』などと野暮なツッコミはしてこない。


「正確な誕生日は、わからないんです……。ワタシ、両親がいなくて、生まれてからずっと、孤児院で育てられてきたので。」


「そうだったんだ……。」


 上手く返す言葉が思いつかず、やや目線を下げていると……、


「あ、でも全然気にしないで下さいね。ワタシ、孤児院で育てられて、辛い思いをしたことは一度もないんです。院長をはじめ、皆さんにはとても良くしてもらっているので。」


 エレナは敢えて明るく振舞う。


(……本当に人の気を察するのが、上手なだなぁ。)


 その後も、彼女は自身について、包み隠すことなく教えてくれた。


・孤児院は街の北西にあること。

・運営は勇者真教系列の教会が行っていること。

・自身の誕生日は院長が決めてくれたこと。

・学業を含め、色々と面倒をみてくれていることに対し、非常に感謝していること。

・独立するまでの間、引き続き、部屋を提供してくれていること。


 自分も興味を持って、エレナの話に耳を傾ける。その一方で、やむを得ない事情とはいえ、身元を偽って彼女と接していることへの罪悪感も徐々に膨れ上がる。


(いっそのこと、全部正直に話してしまおうか?いやでも、この子は必要以上に気を回し過ぎる……。話すことで、逆に迷惑を掛けてしまいかねない。)


 そんなことを考えていると、エレナから思いもよらないお誘いを受ける。


「そうだ。明日は、孤児院の開院記念日なんです。庭でささやかなパーティもあるので、セバスさんも是非いらして下さい。子供たちも本当にいい子ばかりなんです。」


「そうなんだぁ。誘ってくれてありがとう。是非、お邪魔するよ。」


 急な申し出に少し面を喰らったが、特に断る理由もない。お金には今のところ余裕があるし、一日や二日、予定が後ろ倒しになったところで何の影響もない。それに、先程お願いされた“例の件”にも付き合わないといけないし……。そのためには、確かに場所の下見をしておく必要がある。

 そういった訳で、翌日はエレナの孤児院へとお邪魔することになった。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


エレナは本当に芯の強い子ですね。

ただまぁ、その頑張り屋さん過ぎる性格が、

今後、セバス君を悩ませることにもなるんですが笑


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