死神ヒーラー*

阿屈洞摩

第1章『死神の真実』

第1話「キミを救いたい!」

―――とある天守の最上階 展望の間



ZZz……♪



「コタローさん、コタローさんっ、起きて下さい!」


 青い宝玉ほうぎょくのような美しい瞳をした少女がコタローの肩を揺する。


「……ん~っ!?あぁ、エレナ、おはよぅ?」


「おはようって、もうすぐ夕方ですよ?もぉぉ、こんなところでお昼寝してたんですね。」


「うん。この場所、とっても日当たりが良くってさ、風も気持ちいいし、つい。……ふぁぁ~~っ。」


トン、トン、トン、トン、トン、トン……


 コタローが大きな欠伸をしていると、エルフ族の青年と猫耳獣人族の少女が階段を上り、展望の間へとやってくる。


「“陛下っ”、ここにおられましたか。」


「コタローさまぁ、ず~っと、探してたんだよぉ。」


「あぁ、ラド君にアビー、どうかしたぁ?」


「昨日、申し上げたではありませんか。今晩は、“第六悪魔王”討伐の祝宴にございます。」


「そういや、そんなこと云ってたね……。でもさ、“ここ”に来てまだ5日なのに、もう三度目の宴だよ?あのウオウオ君、全然大したことなかったし、別にやらなくてもいいんじゃ……。」


 祝宴に気乗りしないコタローは、億劫そうに両目をこする。


「そうもいきませんよ。ウエスギからの臣民が、陛下に感謝の気持ちを伝えようと、“首都”に大挙しているのです。」


「広場で、た~っくさんの人たちが、コタローさまを待ってるよっ。」


 猫耳獣人族の少女は両手をいっぱいに広げ、その人数の多さを表現する。


「そうなんだ。。……だけどさぁ、じゃあ、一昨日の宴は一体何のために開かれたの??」


「一昨日のは、首都を襲撃してきた“グレーターガーゴイル1,000体”を、陛下がお一人で殲滅したことを祝して開かれた宴にございます。」


「ダダダダダッ!って、あ~っという間に、全部倒しちゃうんだもん。アビー、驚いたよぉ。」


「そうですね。我々も共に旅をして参りましたが、陛下には未だに驚かされることばかりです。」


(……まぁ、“称号”がトントンと“出世”したおかげで、大分、チート化が進みましたからねぇ。)


 コタローは、ついうっかりやり過ぎてしまった先日の自身の行いを振り返り、苦笑いを浮かべる。


「ほら、コタローさまぁ~、みんな待ってるし、早く行こっ!」


「そうですよ。主役がおりませんと、祝宴は始められません。」


「……わかったよ。もう少ししたら行く。」


 自分に拒否権がないことを悟ったコタローは、渋々首を縦に振る。


「それでは、我々は先に会場へ行って準備を進めております。“后様”、後は陛下のことをお任せしてもよろしいでしょうか?」


「はいっ!」


 青い宝玉のような瞳の少女は、明るく返事を返す。


「では、よろしくお願い致します。」


「じゃあ、また後でね~!」


トン、トン、トン、トン、トン、トン……


 エルフ族青年が一礼して階段を下りる。猫耳獣人族の少女も手を振りながら後に続く。


「……ハァぁ。」


 コタローは深くため息をついたのち、展望の間の廻縁まわりえんに出て、静かに空を見上げる。


「…………。」


 少し間をおいて、淡青色に輝く瞳の少女も廻縁へと出る。


「ここは、本当に見晴らしがいいですね。」


「うん……。」


 どことなく浮かない様子のコタローを見て、少女は少し心配そうに声を掛ける。


「コタローさん、どうかされましたか?」


「……さっき、夢を見ててさ。“この世界”に来る直前の夢……。それで、ちょっと、色々と思い出しちゃって。」


「そうだったんですね……。」


『…………。』


 暫しの沈黙ののち、コタローはおもむろに口を開く。


「……エレナ、ありがとね。」


「えっ、どうしましたか、急に?」


 突然の感謝の言葉に、少女は大きく目を見開く。


「いや、オレってこの世界に来てからず~っと、“死神ぃ”って追い回されてきたでしょ?もちろん、ラド君やアビーとの出会いが大きなターニングポイントになったのは間違いないんだけど、やっぱ、今振り返ってみると、エレナと出会ってから、色々、好転し始めたなぁって思って。……だから、オレのことを信じて、ここまでついてきてくれて、本当にありがとう。」


「いえいえっ、ワタシの方こそ、コタローさんに出会って人生が色づき始めました!ここまで一緒に旅をしてきて、色んな経験をして……。前にも云いましたが、今、ワタシ、とっても幸せなんです。なので、こちらこそ、ありがとうございますっ!」


 今度は、少女が微笑みながら、コタローに感謝の気持ちを伝える。


「こっちは巻き込んじゃった身だから、そう云ってくれると気が軽くなるよ。」


「本心を伝えたまでです。それにワタシは……。」


「それに何?」


 少し赤らんだように見える少女の頬を見て、コタローは首を傾げる。


「……いえ、何でもありませんよっ♪これからも、よろしくお願いします、コタローさん!」


「こちらこそ、よろしくね、エレナ!」




―――時を遡ること数か月 始まりの森


「……ん~っ、頭が痛い。えーっと、ここは??」


 目が覚めるとそこは深い森の中。二日酔いの朝みたいに頭は重く、何故、自分がここにいるのか理解が追い付かない。


「あ、そうだ!車ごと崖から落ちて……。んっ!?“なっちゃん”は??」




―――更に時を遡ること数時間


 ……とはいっても、実際には数十分かもしれないし、数日かもしれない。そもそも、“この世界”と“元の世界”で、時の流れが一致しているとは限らない。ここに至るまでに一体何があったのか、それを語る前に、少しだけ、自分について話をさせてほしい。


 名前は、瀬葉 琥太郎セバ コタロー。年齢は、22歳。現在、地方大学へ通う大学4年生だ。


 実家暮らしで、地元企業に勤める父、パートの母、高2の妹、そして愛犬の4人と1匹家族。経済的にはごく一般的な家庭ではあるが、おおらかな両親の下、ぬくぬくと温室の中で育てられてきた。

 そんな居心地の良さのせいもあり、文字通り、今まで一度も地元を出たことがない。幼稚園、小学校、中学校は家から徒歩圏内で、高校と大学は実家からの距離を基準に進学した。高校の修学旅行では、秋の京都をエンジョイする予定だったが、直前にまさかのインフルエンザでダウン。普段は、流行になど全く無頓着だが、こういう時に限って、図らずも流行の先取りをしてしまった……。まぁ、この件に限らず、昔から色々と間の悪いところがある。

 ……ここまでざっと申し上げた通り、全くの地域引きこもり、生粋の田舎者である。そんなもんで、当然、飛行機さまになど乗ったことはなく、狭い世界でしか生きてこなかった自分だが、縁あって、来春から都内の企業に勤めることが決まっている。……いや、“決まっていた”が正確なのか?まぁ確かに、外の世界へ飛び出すことにはなったのだが、それはもはや、東京へ出るとか、海外へ行くとか、そういった次元の話ではなくなってしまっている。えっ?じゃあ、どういった次元の話かって!?


 ……それは俗に云う、“異世界”とやらへ転移することになってしまったのである。




―――20X3年 カラっと晴れた夏のある日


 夏季休暇中の自分と妹は、ドライブがてら、久しぶりに祖父母の家へ泊りに出掛けた。念のため云っておこう、兄妹仲は決して悪くはない、……はずだ。



ブゥーーーーーーンッ……



「……おにぃ、喉乾いたんだけど。」


「もうちょい待って、次、コンビニ見つけたら寄るから。」


「や、もう無理ぃ。干からびるー。あと、ついでにトイレもぉ。」


「今、まだ山道の途中だからさ、ごめんっ、もう少しだけ我慢して!」


「もぉぉ~っ、わかったから早くしてよねっ!プィっ……。」


(……こんなん、どうなだめたってご機嫌斜めモードに突入ですやん。。)


『…………。』


 不可避の負け確イベントから生じた沈黙に多少の気まずさを感じ、タイムリーな話題を振ってみる。


「……そういやさ、なっちゃん、剣道部の夏合宿はどうだった?」


「マジ地獄だったー。クソ暑い中、フル面付けて竹刀振り回すんだよぉ?あれは合宿じゃなくて、もはや修行。……でもまぁ、合宿が終わった解放感がなければ、おにぃと二人でドライブなんて、マジでムリだったんだからねっ。合宿に感謝して。」


(だけど、そう云う割には、大会やら練習試合やらで、いつもオレに送迎を頼んでくるんだよなぁ~♪)


菜津加ナツカさまっ!!本日は御旅のお供、お許し頂き、この瀬葉ノ上琥太郎、誠に恐悦至極に存じますっ!!」


「は、いきなり何のテンション?普通にめんどい。反応に困るからやめて。」


「……す、すいませんでしたぁ。。」


『…………。』


 ……自ら墓穴を掘り、再び長い沈黙が訪れる。なっちゃんはダッシュボードに素足を乗せ、無言でスマホを操作し始める。


ミ~ン、ミンミンミンミ~ン……


「……セミの鳴き声、マジ暑苦しいんですけど。」


 なっちゃんがセミに理不尽な苦情を入れていると、突然……、



『おぉ~っ、このお二人、今までザッと見てきた中でも、断トツに高い“ポテンシャル”を秘めていますねぇ~♪これはもう、“前任者”に匹敵するレベルじゃないですか~♪』



 どこからともなく、テンション爆上がりな謎の声が聞こえてくる。


(んっ?なんだなんだ??)


『時間も押しちゃってますし、このお二人が“後継者”ってことでいいですかね~。……あ、そうそう、ボクだけで両方担当するのは大変そうなんで、お一人は、“ウリエルさん”にでも任せちゃいましょう♪やぁ~、この後、皆さんと“ひと狩り”行く約束もしてますし、今日も大忙しだなぁ♪』


(このお二人が後継者?ウリエルさんにでも任せる?一体何について、話してるんだろ?)


 全くもって取り留めのない内容に、自分の頭の上に、はてなマークが浮かぶ。


「……なっちゃん、今スマホで動画見てた?」


「いや、別に見てないけど……、どうかした?」


「おかしいなぁ……。今、何だかいい加減そうな奴がさ、ポテンシャルやらなんやら、話してるのが聞こえてきたんだけど。」


「え?何それヤバっ。……おにぃ、暑さで頭やられちゃった?」


(おいおい、ヤバいのはオレの頭の方かい……。)


ブーッ、ブッ♪


「あ、おばあちゃんからLI〇Eきたっ!『今夜はご馳走用意して待ってるわね。毛ガニもあるわよ。』だって。やったぁ、上がるー♪」


 家からここまでの道のりで、初めて、なっちゃんの声が弾む。


「おばあちゃんちまで、あとどれくらい?」


「んー、そうだなぁ。今日は平日で道もすいてるから、あと、……!?」



ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!



「キャッ、えっ、何っ!?」


「じ、地震だ!かなりデカいぞぉ!!」


「お、おにぃ、止めてよ!!」


「い、いや、無理だって!オレ、範〇勇次郎じゃないし!てかヤバい、道が崩れて!!」


「キャ~~~~~~っ!!!!」「うわ~~~~~~っ!!!!」




―――時は戻り、再び始まりの森


「なっちゃん!?、なっちゃーんっ!!」


 一体どこにいるんだろう?あのまま、まだ車の中か??それとも自分同様、車から放り出されて……。どちらにしろ、そう離れてはいないはず。


「お願いだ、なっちゃん!どうか、どうか無事でいてくれっ!!」


 ……そうだ、電話で助けも呼ばないと。この大地震の影響で回線は混んでるだろうなぁ。パンクしてなければいいけど……。


「えーっと、スマホは。あった。……んっ?これは??」



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


[基本情報]

氏名:セバ コタロー

年齢:22

性別:男

種族:人族

天職:ヒーラー*

称号:神官

状態:正常


=> 習得魔法

=> 習得スキル

=> アイテムボックス


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「……オレの名前??」


 ポケットから取り出したスマホの画面には、RPGのステータスのようなものが表示されている。しかし、自分にはスマホゲームをやっていた記憶なんてないし、ましてや、アプリをダウンロードした覚えもない。


(そんなことより、今は通話画面だ!)


タン、タン、タン、タン、タン、タン!!


(……ダメだ。タップしてもメイン画面に戻れない。。)


 続いて、再起動を試みる。


(……んんっ?電源ボタンが反応しない。)


「クソッ!!」


(こんな時に限って、なんでスマホがバグるんだよぉ……。)


「ハァぁ……。」


(……いや、でも、やっぱり何かがおかしい。)


 普段、森の中で吸う空気とは、明らかに空気感が違うことに気がつく。


(湿り気が強くて、ちょっと息苦しいな……。)


 森から放たれる香りも強い。決して嫌いな香りではないが、独特の香りが鼻を通って肺に入り込む。周囲の木々も見たことがない……。シラカバとも違う、灰白色をした太く立派な幹だ。まだ紅葉の時期とは程遠いはずなのに、大きなイチョウに似た葉が朱色に色づいている。


(……まるで、森の奥には魔女の家でもありそうな雰囲気だな。)


 そして、何よりおかしいのは、あの高さの崖から落ちたにも拘わらず、一切外傷がないことだ……。そんなことを考えていると、急に先程のスマホの画面が気になりはじめる。


「……天職、ヒーラー??……習得魔法!?」


 まったく、勘弁してほしい。DQやFFじゃあるまいし、ここはファンタジー世界か!?



キュ~ゥ!



「んっ??」


 スマホの画面を見ていたところ、突然、何かの鳴き声のような音が聞こえてきた。


キュッ!


(……まただ。)


 鳴き声の高さから察すると、小型動物のもののように思える。聞こえる限り、すぐ近くだ。


「……よし、行ってみよう。」


 一歩一歩、恐る恐る進むにつれ、その鳴き声の方に近づいていく。そして……、


キュ~~ン!


「……ウ、ウサギ!?」


 いや、額にはツノがあり、楕円形の大きな耳が垂れている。それ以前に、地元周辺に野兎が出るなんて話は聞いたことがない。夢オチを期待して、咄嗟に頬っぺたをつねってみるも、普通に痛い。


「やっぱり、ここは別の世界なのか……。」


 そう答えが出た瞬間、急に寒気と孤独感に襲われる。自分でもサッと顔が青ざめていくのが分かる……。ただ、そんな中でも、つぶらな瞳がこちらを見上げている。


(……あぁ、心が癒される。)


 ギュッと掴まれた心臓が徐々に緩んでいく、正にそんな感覚だ。とても父性本能?がくすぐられるその眼差しに、クー助(実家の愛犬)の姿を重ね合わせる。


「クー助に会いたいなぁ……。」


 実際には、最後に会ってから(恐らく)一日とて経っていない。


(いや、そんなことより!!)


 よく見るとツノウサちゃんの背中から血が流れている。大型の肉食獣にでも噛まれたかのような傷だ。このままでは出血多量で、死んでしまうだろう。


(キミを助けてあげたいっ!!)


「オレ、ヒーラなんだよな??」


(……よし、わかった。今、オレが治してやる!元気になったら、共にこの世界を旅しよう!一緒に、なっちゃんを探しにいくんだ!!)


 そして、大変馬鹿馬鹿しくはあるが、患部に手を翳し、魔法を唱えてみることにする。


「ヒールぅ!!」


 しかし、次の瞬間、強烈な黒紫の閃光に包まれ、黒煙を上げながら、ツノウサちゃんは、



 ……消失した。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


若干、スロースターター気味の小説ではありますが、

第4話に最初のヤマがあるので、

まずは、そこまで読んでいただけると嬉しいです!


どうぞ、よろしくお願いします!!

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