第16話 霧の向こう

ネジはアクセルを踏む。

小さな丸い車は、ゴトゴトと進む。

「あー」

ネジがちょっと間抜けな声を上げた。

「どうした」

「地図がないのに旅なんだね」

「今、気がついたか」

「うん」

ネジは軽くうなずく。

「酒場のおじさんは持ってたね」

「地図があったほうがいいか?」

サイカに問われ、ネジは軽くうなずく。

「俺が今までたどった道を、しるしつけたいな」

サイカは軽くため息をつく。

「マーヤについたら聞いてみるか」

「うん」


車はだいぶ進み、

周りの景色は草原から、木がだんだん多くなる。

上り坂っぽくなってくる。

一度車を止めて、おばさんのお弁当を食べる。

ちょっと固い素朴なパンとチーズがおいしい。

トランプはマーヤの町まで来るだろうか。

そうしたら面倒だなぁとネジは思う。

トランプというものに会った記憶はないけれど、

イメージは面倒そうというのを伝えている。

記憶がなくなる前に経験したことなのかな。

ネジは固いパンをもごもごしながら考える。

もっと危険なものをネジは知っている気がする。

気がするだけで思い出せない。

ネジはパンを飲み込む。

食べ終わって、また、エンジンをかけた。


あたりは山になってくる。

木々はうっそうと森になり、

上り坂や危なっかしい道が出てくる。

ひどい道というほどでもないが、

小さな車はゴトゴト走る。

小さな車でよかったとネジは思う。

大きな車では、この道を走るのも、いろいろ面倒かもしれない。

そして、ゲンの町に寄っておいてよかったと思う。

ただのポンコツのまま、この山に取り残されたら大変だ。

燃料も積んであるし。

とにかく安心して走れるっていうのはいいことだ。


霧が少しずつ出てきた。

木々が茂っていて、空がよく見えない。

ネジは車のライトをつける。

ちょっと先まで見えるが、見通しがよくない。

突然大きなものが道をふさいできたら、わからないかもしれない。

ネジはスピードをちょっと落とす。

上り坂気味の山道は暗く、

ゴトゴト走る車の音のほかに、

少しだけ鳥の声がする。


「少しスピードを落とせ」

サイカが不意に声をかける。

「落としてるよ」

「いや、先に何か見える」

「え?」

ネジは目を凝らす。

霧の向こうがよく見えないが、何かがふさいでいるような気がする。

ネジは極力速度を落とす。

そして、ふさいでいるそこに近づく。


ふさがっているのは、大きな扉だ。

ネジは止まって、霧の深いあたりを見渡す。

天然の崖っぽいところに、大きな扉がある。

上を見れば木々と霧で見えない。

道を外れると深い森。

扉の向こうにいくしかないと思う。

そして、多分ここまでくれば、

扉の向こうはマーヤの町だ。


サイカが車を降りる。

扉の右側に、青白い歯車がある。

歯車の近くのレバーを上げると、

扉はいとも簡単に開いた。

サイカが戻ってくる。

「有事の際は、使えないような仕組みになっている」

「有事?」

「内側から歯車をロックすることもできるな、あれは」

「ふぅん…」

「つまり、今は平和だから入っていいということだ」

「なるほどなぁ」

ネジは扉の中へと車を走らせた。


扉の中はしばらくトンネル。

車の後ろで扉が閉まる音を聞いた。

やがて、視界が開けた。

そこは小さな町。

霧がここには届いていない。

きらきらと日差しが届いている。

小さな建物が守りあうように並んでいる。

森の暗さもない。

さてどうしたものだろう。

ネジがブレーキをかけているところに、

のっそりと影がやってきた。

「おい」

「はい?」

影は大柄の男で、ちょっと怖い顔をしている。

目を覗き込むと、疑いなんて持っていないことがわかった。

「行商かい?」

「ええと、旅のものです」

「そうか。車はこの近くの広場に置きなさい」

「はい」

「あまり大きな道がないんでね、車が走られると危ないんだ」

「ああ、なるほど」

「そうなんだ、よろしくたのむよ」


男に教えられた広場に、

ネジは車を止めた。

面白そうなところに来たと、ネジはなんとなく思った。

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