第28話
翌日。
『調子はどうですか?坂田さん』
私は陰陽師として陰陽寮に坂田美穂の見舞いに来ていた。
志穂は昨日と打って変わって顔色がとても良さそうに見える。
今日は本来なら学校があるのだが、霊障課の人間に大事をとって休むように言われていたのだ。
私は放課後に必要なものを持って陰陽寮にて安静にしている志穂の元へ訪れたというわけである。
「だいぶ良いよ。明日は学校に行けそう」
『それは良かったです』
「昨日は本当にありがとう」
『礼には及びません。陰陽師として貴女を助けただけです』
「それでもあんなにも傷つけた人間を助けられる人って居ないと思うよ」
『そうでしょうか』
まるで人形のように表情を変えることなく私は答える。
それはもう親友という縁が完全に消えてしまったという何よりの証拠で。
志穂が後悔しているのがとても分かる表情を見せていた。
『学校のプリント、今日の授業ノートを持ってきました。後で目を通しておいてください』
「ありがとう、助かるよ」
『アフターケアも仕事ですから』
私の態度が変わることはない。
本当に陰陽師として志穂を助けただけだからだ。
「雫。私の願いがなんだったのか、聞いてくれないかな。まだ動くなって言われていて暇しているんだ。もし、嫌じゃなければだけど…」
その言葉を聞き届けた私は、近くにあった椅子を持ってきて志穂の傍に座った。
志穂は私のその行動を嬉しそうに見ていた。
『嫌ではありませんよ。仕事ですから』
「…ありがとう」
そう言って志穂の顔は綻ぶ。
私の表情は変わることなく、眉一つ動かすことはなかった。
『それに原因となった願いを知るのはこちらとしても参考になります。是非、聞かせてください』
私はあくまでも陰陽師として話を聞いた。
ことのあらましを詳しく聞かされた。
思い当たる願いは1つだけだったと言う。
『雫と仲直りがしたい。元の親友に戻りたい』
その旨の話を願いの元となった人物である私は静かに聞いていた。
「分かってる。自分でも勝手過ぎる願いだって。でも、どうしてもふと気がつくと思ってしまって…それが原因だと思う」
「……」
「もう無理だよね?手遅れだよね?だって雫は陰陽師としてしか私と話をしないよね。そうだよね?」
涙ぐみながら志穂はそう言う。
それが原因で命を落としかけたというのに未だに引きずっている私への想い。
言われた本人は目を閉じて考え込んでいる。
『お友達は大切にしなさいよ。』
いつだかに自分と同じだった八尾比丘尼の娘の霊が言った言葉を私は思い出していた。
先人の言葉というものは大切にすべきだ。
少なくとも、言われた私はそう考えている。
『もう一度、やり直しの機会をあげる』
柔らかな声が部屋に響き渡った。
そこには目を閉じて表情を動かさなかった私は何処にも存在せず、ただの百済雫に戻っていた。
表情も柔らかくした。
志穂はずっと泣きそうな顔をして私のことを見つめていた。
『願いが叶って良かったわね。』
女性の優しい声が、志穂と私の耳に届いた気がした。
今日は陰陽寮の仕事は休みの日だったので、私は早めに帰宅した。
1人で帰るということがとても久しぶりな気がすると思う。
いつもは夜遅くまで働いて、建物の前に兄ちゃんが待ってくれている。
私の中でそれがいつの間にか当たり前になっていた。
烏丸の森を歩いて目指す。
やがて結界をくくり脱げ、屋敷の入り口に向かった。
「あんた、本当にその覚悟があるんでしょうね」
「あるから僕は当主になったんだ。何度も言わせないでくれ」
「でも、雫ちゃんが知ったらどうなるか…」
縁側から兄ちゃんと兄ちゃんの両親と思わしき声が聞こえてきた。
どうやら何かしら話込んでいるらしい。
何の話だろうか、と思わず私は耳を澄ます。
「僕も不老不死になろうが、僕は彼女と結婚する」
兄ちゃんの頑なな声が、確かに、私の耳に届いた。
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