第20話
少しすると志穂がやってきた。
2人でようこそ、と簡単に出迎える。
志穂はというと、憧れのモデルでもある烏丸遼に会えたことが嬉しいらしく頬を赤く染めていた。
実物を見るのは初めてらしい。
服装もよく見てみればとてもお洒落に着飾っている。
緊張しているな、と私は冷静に観察していた。
「は、初めまして!坂田志穂と言います。今日はありがとうございます」
「別にそれはどうでも良いんだけど、もう2度とウチの婚約者をいじめないでね。次はない、は僕も同じだから」
「も、もちろんです!」
おかしいな、と兄ちゃんと志穂の会話を聞いていて私は思っていた。
自分に会いにきたはずなのにまるで家主と会うことが目的みたいな感じだ。
事実、志穂は私に対してまだ何も会話をしていないのである。
本来なら1番身近な人物から話しかけるのが普通というものじゃないだろうか。
それに現に今、私は蚊帳の外にされている。
この状況はおかしいのではと少し嫌な予感がしていた。
(まさか、何か企んでるんじゃないでしょうね)
陰陽師というのは第六感をよく信じている。
それは私も同じだった。
それからというものの、私は蚊帳の外にされ続けた。
思い出したかのように志穂は私に偶に話かけるだけ。
この扱い、まるで百済の屋敷に居たときと同じだなとされてる私は思い出していた。
行動で示してくれるだろうと私は志穂を信じていた。
だが今の行動はどうだろうか。
明らかにおかしいと思っていた。
偶に兄ちゃんから目配せされるが、未来の妻である私は分からないと式神に動作で答えさせていた。
『ねぇ。誰に会いにきたわけ?志穂』
「それでですね!…え?」
『まるで私のことはついでみたいな感じでとても感じ悪いよ。誠意ってもんがないの?いくら烏丸遼のことが好きだからってこの扱いはどうかと思うんだけど』
「ご、ごめん!つい、嬉しくなっちゃって…」
『志穂ってそういう人だったの?今まで本性を隠していたとか?』
「そうじゃないよ!本当に嬉しくなっちゃってそれで…」
『自分が何したのか忘れたみたいだね。とても残念だよ』
「そんなことはないよ。私は本当に悪いって思ってる!」
『だから行動で示せって言ったじゃん。もう忘れた?』
「忘れてないよ。」
『なら、この私の扱いはなんなの?』
「…ごめんなさい。」
『不愉快だわ。兄ちゃんと話をしたいならずっと話してれば?私は自室に戻る』
それだけ言うと私は本当に自室に戻った。
期待はしていなかったが、こんな短期間で約束とも言われるべきものを破られしまうとは思っていなかった。
だからこそ不愉快だったのだ。
(親友ってこんなにも脆いものだったんだな…)
ベットに沈み込むとぼんやりと天井を見つめる。
目を閉じると、連日の仕事の疲れが溜まっていたのか眠気が襲ってきた。
あの親友もどきと話すこともないな、と思った私は誘われるがままに眠りに落ちた。
遼は困っていた。
遼という妖は元来、人見知りな性格だった。
それに相手は人間だ。
そこまで親しくしたいとは思っていないのだ。
だというのにこの志穂という少女は親友である雫をそっちのけで話しかけて寄り添ってこようとする。
まだ雫にもこんなことをされたこともない遼は気持ち悪いと思っていた。
誰だってそこまで知らない相手に寄り添って来ようとされればそうなるだろう。
ましてやそれが交わることが少ない妖と人間であるならば。
(なんでこういうとこであっさりと諦めて立ち去っちゃうかなぁ)
自身の婚約者の諦めの早さというものに頭が痛くなる遼。
彼女が体験してきた過去が原因というのは分かっていても諦めて欲しくなかった。
仮にも婚約者が他の女に言い寄られているのだ。
自身に興味がないからという理由ではなく、嫉妬という感情で立ち去って欲しかった。
雫の性格上、そのような感情を持つことになれば部屋に戻るということはないだろうが。
小さくため息を吐きながら、用意させた茶を遼は飲み干した。
すっかり眠り姫となっていた私は、兄ちゃんが放つ殺気に気がついて起き上がった。
志穂が兄ちゃんをキレさせるくらいのことを言ったのだろうか。
他に居る屋敷の妖たちも気がついているだろう。
その妖たちを怯えさせてはいけないと私は重い腰を上げた。
『兄ちゃん、殺気なんか放ってどうしたの』
「コイツ、妖専用の強い媚薬なんかお茶に忍ばせてた」
『はぁ?志穂は一般人だよ。そんな薬、陰陽師でもない限り…そういうこと』
先日感じた百済の気配。
それはお前の親友に接触したぞというメッセージだったのだ。
わざわざ鬼天狗である兄ちゃんを狙ったのはそういう意味だ。
まだ諦めていないというメッセージでもあるのだろう。
なんてくだらないことをするのだろうと私は生家に呆れた。
『志穂。あんた、私の家族の誰かに会った?』
「え、え、え、う、うん。雫のお姉さんに。それで話を聞いて…この薬を飲ませれば思い通りになるとか言われたの」
『…そう』
あのクソ姉貴。
姉貴なんていう資格もない人物だが、かつての妹である私はそう思わざるを得なかった。
『自分が何をしたか、分かってる?その男、滅多なことでこんな殺気を放ったりしないんだよ』
「私は、ただ…政略結婚だから恋愛感情はない。好きにすれば良いってそうお姉さんから聞いて…なら私が2番目でも良いからそれでも良いからって…!」
『…あの姉貴が元凶なのは分かった。でも、それを聞き入れたアンタはもっと悪い』
確かに私は兄ちゃんに対して恋愛感情は持ち合わせていない。
…そう思うようにしているだけ。自分でしっかりと心に蓋をしているだけ。
変わってしまうことが怖くて、勇気がなくてそうしているだけ。
表向きはまだ百済の屋敷を出てからそんな日にが経っていないのだ。
生活に慣れたとしても、考え方がそんな簡単に変わるわけがない。
「私が本気で好きなのは分かったでしょう?良いじゃない!」
『何がいいの。何も行動で示せてないくせに何が良いわけ』
「それは…」
『もう1つ聞くけど。姉貴と会ったのはいつ』
「…雫に謝る前」
『やっぱりか。もしかして、ここに来る口実を作るために謝罪したとか?』
「……」
『沈黙ってことは図星ってことね。呆れた。本当に心の底から呆れた』
中学生のときもここ最近だってこんな険悪な関係になることなんてなかった。
どこで歯車が狂ってしまったのだろう。
冷たい視線で私は志穂を見つめる。
(信じたいと思った私が馬鹿なんだろうか)
この親友もどきとこれからどう接すれば良いのか私には分からなかった。
今まで通りに過ごせるだろうか。
それが想像することができなかった。
問題はそれだけではない。
「ここで殺しちゃいたいんだけど」
『それは許せません。陰陽師として』
兄ちゃんの殺気に負けじとした姿勢で私はそう言う。
兄ちゃんはどうやら自分をいじめていただけでなく、自分と男女の関係に持ち込もうとした志穂が許せないようだった。
もしそんなことになれば婚約者が気にしなくとも、兄ちゃんにとっては裏切り行為そのものだ。
そんなことは絶対にしたくないのだろう。
鈍感な私でもそのことだけは分かっていた。
「だろうね。…ねぇ、残念だけど君には全くもって興味はないしそれくらいの薬僕には効かないんだよ。もっと強い媚薬でも僕は効かないよ」
「そ、そんな…」
「鬼天狗、妖の頂点である僕をあまり舐めないで」
殺気が込められた視線が志穂に向けられる。
憧れの人からそんな視線を受けることになるとは予想もしなかったのだろう。
泣きそうになっている。
そんな志穂に泣きたいのはこっちだよ、と私は拳を握っていた。
小さな頃から救われてきた存在のはずだった。
何があろうと守ろうと決めていたはずの存在だった。
それなのにこの裏切りとも言えるような行為。
どうしてこうなってしまったんだろうと考えても無駄なことを私は思う。
自分が八尾比丘尼の娘じゃなかったらこうはならなかったのだろうか。
狂ってしまった歯車が直ることはなかった。
私は俯いていたが、やがて冷たい視線で顔を上げて志穂にこう言った。
『アンタと縁切る。出ていって』
「雫!」
『次はない、そう言ったよね?』
「そ、そんな…私はただ…」
『言い訳は結構。お帰りください、坂田さん』
「……っ!」
背中を向ける。
泣いている声が聞こえてきたが振り向くことはない。
かつて親友と思っていた大切な人。
何に替えようと守ろうとそこまで決意していた。
嘘でも優しい言葉が嬉しかった。
でも、私を傷つけ、その贖罪さえ、約束を破られた。
もう守りたいという意志は私の中にはなかった。
人に裏切られるとはそういうことだ。
あぁ。私は親友さえ奪われるのか、百済の一族に。
幸せになるなんて、普通に暮らすなんて、無理な話ではないだろうか。
静かに目を閉じて裏切られてしまった私はそう思った。
悲しいはずなのに涙は、出なかった。
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